前回に引き続き、チェンジマネジメントの専門家のための世界的なイベント「2021 CHG MGMT Global Connect」で講演された80を超えるセッションの中で、特に海外のチェンジマネジメントの動向がわかる興味深いセッションをご紹介します。
今回は、CWBファイナンシャルグループ(以下CWB) オーガニゼーショナルチェンジマネジメント シニアアシスタントヴァイスプレジデントのドン・マクニール氏による「組織変革力と変革の成果を測る」というセッションです。
CWBでは、毎年100以上の大小様々なチェンジ(変革プロジェクト・改善活動)が並行して進められています。彼が率いるチームのミッションは、それらの活動を成功に導くための基盤を提供し、従業員が変化を受け入れ、期待されているパフォーマンスを上げることを支援すること。そのために彼らは、組織の変革力や従業員のパフォーマンスを測定する標準指標・ツールを使っています。
多くの欧米企業において、環境の激しい変化に適応するために、連続的に従業員が変化を強いられており、従業員の「変革疲れ」は大きな課題となっています。そのため、従業員が変革で疲弊することなく、成果を上がられるように環境を整えることは、チェンジマネジメントにおける大きなテーマのひとつです。
マクニール氏の経験に裏付けられた手法は、昨今様々な変革の波にさらされている日本企業においても活用できる非常に参考になる内容です。
事例の背景
CWBファイナンシャルグループは、カナダで銀行と11の提携企業を傘下に持つ金融サービスを提供する組織です。
今回のスピーカー マクニール氏は、CWBのチェンジマネジメントチーム「オーガニゼーショナルチェンジマネジメント(OCM) 」のシニアアシスタントヴァイスプレジデント。彼のチェンジマネジメント事例には、次の4つの関係者グループが登場します。
1. 上層部
会社のビジョンを掲げ、組織をあるべき姿に導くため戦略的な意思決定をし、変革のテーマを定義する経営層・トップマネジメント
2. チェンジ導入リーダー・チーム
社内で100以上ある変革プロジェクトや改善活動の現場責任者である各リーダーやそのチーム
3. エンドユーザー
実業務において、変革を受け入れ、変革が目指す成果を出す、現場のマネージャーやそのスタッフ
4. OCM(Organizational Change Management)チーム
マクニール氏のチームで、社内のすべての変革・改善活動を統合的に管理し、エンドユーザーが疲弊することなく、チェンジを成功に導けるように、組織としての変革力を高めることに注力
彼の講演では、どのように組織の変革力を高めるか、どのように組織変革におけるパフォーマンスを測るか、どのようにエンドユーザーを疲弊させることなく、組織として変革の成果を出すかを紹介しています。
特にユニークなのは、マクニール氏のチームが用いるチェンジマネジメント手法では、「エンドユーザーの視点からチェンジマネジメントを計画する」ことを重視している点です。「エンドユーザーがどう考えるか」「このやり方であればエンドユーザーが結果を出せるのか」というような言葉が何度も出てきます。というのも、エンドユーザーが、実業務においてチェンジを適応し、成果を出さなければ、変革・改善の成功はあり得ないからです。この視点は、どのようなチェンジマネジメントにおいても必要になります。
それでは、次の章からマクニール氏の講演の要約をご紹介します。
毎年100以上のチェンジ(変革・改善)活動が生まれる
CWBグループでは、顧客、投資家、従業員の3つの領域に注力しています。
- 顧客の領域は、カスタマーエクスペリエンス(顧客体験)の向上や複数のチャネルを使ったサービス提供など
- 投資家の領域では、成長と利益、業務の最適化、法令遵守、リスク管理など
- 従業員の領域では、従業員(人)が我々のビジネスの心臓と考え、ピープル・ファースト(人が最優先)、学び・成長できる場づくりなど
を目指しています。
この3つの領域を軸に、毎年年初に上層部や組織全体で目標を立て、その目標を達成するための計画をたて、その計画に合わせてチェンジ(変革・改善)プログラムが発足します。そしてそのプログラムの中で、いくつかのプロジェクトや改善活動が生まれ、更にそれらの活動の中で、サブプロジェクトや細かい改善活動が立ち上がります。結果、CWB内では、毎年、従業員に影響を及ぼすチェンジが100以上発生します。
つまり、上層部のレベルでは3つの領域の目標設定や将来ビジョンを定義しているにすぎませんが、現場のエンドユーザーレベルでは、日々の業務を遂行している最中に多数のチェンジを同時並行で受け入れなければならないという状況が発生します。そして、チェンジ導入チームは、目標をできるだけ早く達成したいと考える上層部と、日々の業務の中で多数のチェンジの波を受けるエンドユーザーとの間にたち、チェンジの成果を生み出すという責任を負っています。
OCMチームは、チェンジの大小に関わらず社内のすべてのチェンジ活動の成果が組織の大きな目標につながることを担保するという責任があります。そのために私たちは成果を測る評価指標・評価ツールを提供しているのです。
成長のために環境の変化よりも速く変わる
現場の声を集めると、聞こえてくるのは「チェンジの数が多すぎる」「変革のスピードが速すぎる」「もうこれ以上は続けられない」「もう少し時間をかけて活動ができないのか」という声です。今の時代、チェンジのペースが非常に速くなり、人々に重い負担を強いて「変革疲れ」を引き起こしています。
しかし、ダーウィンの進化論の言葉を借りると、
生き残るためには、我々は環境に合わせて変わらなければいけない、
成長するためには、環境が変わるスピード以上に速く変わらなければいけない、
環境のスピードより我々の変化のスピードが遅い、または変わらなければ、死に絶える、
すなわち、環境の変化は避けられないなかで、私たちは何をするのかということが課題になるのです。
変革・改善の成功を測る2つの側面
私たちOCMチームは、変革・改善活動の成果の測定において、主に2つのことを行っています。1.チェンジの波を制御すること、2. サーファー(=従業員)の能力を上げるということです。
そのため、私たちは、チェンジの送り手(=チェンジを推進する側)の側面とチェンジの受け手(変革を日々の業務に適応させるエンドユーザー)の側面の2つの側面から変革・改善活動を測る指標を設定しています。
チェンジの送り手が行うべきことは、エンドユーザーがチェンジを成功させるための環境を整えることです。つまり変革・改善のインフラストラクチャー(基盤)を作ること。これが組織の変革力になります。
そしてチェンジの受け手であるエンドユーザーは、このインフラを使って、チェンジを日々の業務に組み込み、パフォーマンスを上げ、組織の目標を達成するのです。
変革・改善のパフォーマンスを測る
変革・改善の成果を測る指標をブレインストーミングすると、費用対効果、トレーニングの受講、FAQなどのツールの利用率、チェンジの適応率、エンドユーザーの満足度など様々なものを思いつきます。
しかし、エンドユーザーの観点から実際のパフォーマンスを測ることができる指標はどれになるのでしょうか? どの指標が組織の変革力を測れるのでしょうか?
例えば、私にとっては、トレーニングの受講という指標が教えてくれるのは、エンドユーザーがトレーニングを受講したか否かのみです。エンドユーザーがトレーニングで学んだことを日々の業務に活かしているのかを教えてくれるものではありません。
そのため、トレーニングの受講というのは、パフォーマンスを測る指標ではなく、組織の変革力(=従業員がパフォーマンスを上げるための基盤となる組織の能力)を測る指標になります。
一方、エンドユーザーのパフォーマンスを測る指標ですが、弊社を含め多くの組織において、投資対効果や適応率・活用率を測るのは難しいと考えていると思います。
弊社の場合、投資対効果はプロジェクトに関しては測れますが、日々の小さなチェンジではかるのは難しい。チェンジの適用率などは、人々が本当に適応しているかを明確に提示してくれる信頼できるデータを提供するテクノロジーを持ち合わせてはいません。
そのため、何をしたいかで基準を作るのではなく、何ができるかという視点で指標を作っています。
変革を成功に導く指標
組織の変革力を測るため、弊社では次の5つの要素を設定しています。
1. チェンジの量と複雑性
エンドユーザーにとって、チェンジの量および複雑性のバランスが保てているか。変化が大きすぎる、多すぎる、複雑すぎることはないか。
2. チェンジを促進するメンバーのアサイン
人材教育・開発担当、社内・社外コミュニケーション担当、事業部門を支援する人事担当、OCM担当などのチェンジ促進するメンバーのアサインに関して、各活動に必要な人材がアサインされているか、スキルはマッチしているか、人材を追加する必要はないか。
3. 詳細レベルのターゲットオーディエンス(情報の受け手)設定
エンドユーザーに適切に必要な情報を提供するために、情報の受け手を詳細なレベルで定義。
例えば、ターゲットオーディエンスを明確にせず、総花的なコミュニケーションを行うと、エンドユーザーの視点では自分に関係のない情報まで受け取ることになります。そうするとエンドユーザーが情報に埋もれ、本当に必要な情報が見逃されるリスクがあるため、我々は情報の受け手を細かく分類し、オーディエンス毎に彼らに関連する必要な情報を提供するようにしています。
4. 意思決定の透明性
上層部が意思決定できるような場を提供し意思決定の透明性を高める。
5. チェンジマネジメントの全社標準化
また、チェンジの受け手のパフォーマンスを測る指標としては、先ほど述べた通り、我々は、彼らのパフォーマンスを的確に測れるほどのチェンジマネジメント力が成熟していないため、今、組織としてできることを行っています。具体的には次の通りです。
1. 変革に関する満足度調査
定期的に、エンドユーザーの満足度調査を取り、チェンジへの満足度や変革において適切なサポートがあったか、トレーニングは十分だったかなどの声を拾う。
2. FAQなどのセルフサービスツールがどの利用度合い
組織内の変革の状況の可視化
弊社では、チェンジヒートマップを使って、社内のすべてのチェンジプロジェクト・活動を可視化しています。
このヒートマップは、変革の複雑性と変革の量を軸にした4象限マトリックスで表されており、各ターゲットオーディエンスごとに、今どのような状況なのかが一目でわかるようになっています。
どれほどチェンジの量が多ければ、もしくはどこまで複雑になると、会社としてリスクになるのかは、過去の情報をベースに閾値を決め、判断しています。この閾値は毎年のサーベイの結果によって見直されています。
また、このヒートマップでは、間もなくチェンジを導入する予定のプロジェクト・活動が一覧化されており、OCMチームはこの情報をベースに、日々現場と話をし、必要に応じて導入日を変えるなどの調整を行っています。
組織の変革力を上げる
組織の変革力を上げるためのベストプラクティスをいくつかご紹介します。
1. 現時点の組織の変革力を診断する
まだ変革力を診断していないのであれば、チェンジの成熟度評価ツールなどを使って、分析したほうがいいでしょう。自分の会社の変革の実力がどの程度で、どのような基盤がそろっているのかを知ることは非常に重要です。
2. 変革・改善活動の透明性を高めることを導入チームに推奨する
私が特に力を入れて導入チームに勧めているのは、変革・改善活動の透明性を高めることです。どのような活動をしているのか、チェンジは誰にどのような影響を及ぼすのか、いつ影響を及ぼすのかを、上層部やエンドユーザーに透明性をもって伝えることが大切です。我々の評価基準は、その透明性を高めることをサポートしています。
組織の変革力とパフォーマンスとを関連付ける
チェンジのパフォーマンスを測るために必要なのは、何が組織の実力範囲内の成功で、何が例外的な成功で、何が失敗なのかの感覚を養うことです。そのためには、組織が実力を超えたパフォーマンスを出したのか、一時的な成功なのかを見極める必要があります。
例外的に発生した「一時的な成功」は、ヒーロー・ストーリーとして語られることが多いですが、組織として重要なのは「成功の再現性」です。つまり、属人的な能力ではなく、組織の実力として、組織の基盤(インフラストラクチャー)として、長期的な視点から即時に変化に対応できる組織力によって、成功したのかを知る必要があります。
そのためにOCMチームは、組織インフラとしての変革力とエンドユーザーが変革によって生み出す成果の関連付けを行います。
OCMチームが主に行っていることは次の通りです。
チェンジマネジメントの用語やチェンジマネジメントのモデルの標準化
OCMチームは各プロジェクトのリーダーに対して、チェンジマネジメントのモデル(手法)の指定はしません。手法の選択は彼らに任せています。しかしチェンジマネジメントを検討するときに、「どのようにエンドユーザーの成功を促進するか」をエンドユーザーの視点で説明するためのモデルを標準化しています。
評価指標・ツール・プロセスの標準化
チェンジマネジメントの成熟度の目標及びベンチマークを標準化しています。
組織として何を期待しているのか、どの程度達成できると考えているのか、そして実際にどの程度の成果を出したかを標準指標として準備しています。
我々は、過去5年に渡り、変革のパフォーマンスデータを取得して、その推移をダッシュボードで管理しています。ダッシュボードを見ると、我々の変革力が徐々に右肩上がりになっていることがわかります。
このダッシュボードを上層部や現場のマネージャーと共有しているので、彼らは組織としての変革力が今どの程度で、これからどこに向かうのかを理解することができます。
また、全社のすべての活動のスケジュールをひとつのツールで閲覧できるようにしています。エンドユーザー(ターゲットオーディエンス)ごとにスケジュールをフィルターすることができるため、エンドユーザーは、自分たちに影響を与えるすべてのチェンジ活動のスケジュールを一目で見ることができるのです。
変革の成果を守り促進する
OCMチームは、集めたデータを戦略的な情報に変換し、上層部や現場のリーダーがが戦略的な意思決定および優先順位付けができるようにするという責務があります。
そのため、毎月、上層部や現場のマネージャーたちに、チェンジの活動状況を伝えると共にチェンジのストーリーを伝えています。
ストーリーは毎月変わりますが、小さなチェンジ活動の成果がいかに大きな会社のゴールにつながっているのかなどを伝えています。
上層部はできるだけ早く変革を進めようとしますが、変革を現場に導入するための必要な時間がエンドユーザーに与えられないとパフォーマンスが出せないので、ストーリーを通じて、現場と上層部の意向のバランスを取るようにしています。
1つのプロジェクトが複数のインパクトを従業員に与えていることを、データを「ピープル・ファースト」という企業価値に変換し、会社がどのように振る舞うべきかを示すのです。
できるだけ変化の波を抑えるということを示すとともに、エンドユーザーの成果に対するコミットメントを促すような工夫をしています。ストーリーの中で、OCMチームは組織の変革力を促進しているに過ぎず、チェンジマネジメントはすべての社員の責任であるという事を伝えています。同時に、「組織として取るべき行動」を提示し、1つのグループとして、よりよくなるために私たちが何ができるかということを伝えています。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
激しい環境の変化の中でビジネスを継続し成長させるには、カリスマリーダーによる「一次的な成功」ではなく、変革の成功を継続的に再現することができる組織の変革力と、実際に変革を導入する従業員が変革疲れを起こさず、成果を出し続けることが鍵となりますそして、そのためには、当てずっぽうで意思決定をするのではなく、全社で標準化された指標でデータを分析し、戦略的に意思決定をすることが重要です。
皆様のご参考になれば幸いです。