プロジェクトを推進するとき、組織内で何かを変えるときに、最も重要なことのひとつは、必要な関係者を巻き込むことです。適切に人を巻き込まないと、必要な協力や情報を得られずプロジェクトの成果を出せない、または合意が得られず「ちゃぶ台返し」にあうなどの大きな問題に発展する可能性があります。このようなリスクを避けるために、チェンジマネジメントでは、事前に計画を立て、戦略的に人を巻き込むことをお勧めしています。今日はそのポイントをお伝えします。
人を動かすメカニズムを理解する
人を巻き込むとは、相手に「あなたの活動のために行動してもらう」こと、つまりその人を動かすということです。人を動かすとは、あなたの持っている力(パワー)を使い、相手に影響を与え、相手を反応させる(=行動しようと思わせる)ことです。
この影響力を効果的に行使するためには、2つのポイントがあります。
1.あなたがどのような力を持っているのか理解する
ハーバードビジネススクールの教授キャスリーン・マッギンによると、社会における力は大きく3種類に分けられます(*1)。個人の力、ポジションの力、関係性の力です。
個人の力
個人の力とは、個人が持つ特性やスキルです。能力、知識、実績、人間性、エネルギー、コミュニケーション力などがこれにあたります。
ポジションの力
ポジションの力とは、組織での地位や役職など公式な役割によって得られる力です。人の配属、予算、報酬などを決定できる力、または影響を与える力などがこれにあたります。
関係性の力
関係性の力とは、あなたが持つ「関係」によって得られる力です。他者から支援、助言、情報、資源などを得られる力のことを指します。
人を動かすときには、どの力を使えば効果的に作用するのか意識することがポイントです。
相手がどのようなことに反応するのかを把握する
どんなにあなたの力が大きくとも、相手に合わないやり方でアプローチすれば効果は望めません。そのため、相手を知ることから始めます。
相手を知るにあたって意識するポイントは、人の行動を促す「ドライバー」です。人間は本能的に「喜び」を求め、「痛み」を避けようとします。人を動かすためには、行動を起こすことによって「喜びが得られる」または「痛みを避けられる」と感じさせることが必要です。この手法は、テレビショッピングなど、モノを売る場面などでよく使われています。例えば、青汁のコマーシャルで、青汁を毎日飲むことで「体の不調が無くなる(痛みを避ける)」「イキイキと生活できる(喜びを得られる)」という未来の姿を見せて、思わず買いたくなるような演出をしています。
仕事の場面を例にとると、例えば、入社3年目のA君にプロジェクトの参画を促す場合、A君は、自分のプレゼンテーション力に自信がなく、プレゼンスキルを伸ばしたいと思っています。そんな彼には、プロジェクトに参画することで、人前で発表する機会が増え「コミュニケーション力」を伸ばすことができる(=自分の能力を伸ばす喜び)ことや、プレゼンの達人、先輩B君がサポートしてくれるから、思い切ってプレゼンにチャレンジすることができる(=人前で失敗する痛みを無くす、指導してもらえるので困難にぶつかる痛みを感じなくて済む)ことを伝えることで、A君のやってみたいと思う気持ちを刺激することができます。
このように、相手が持つ「痛み」のポイント、「喜び」のポイントを把握することが、行動を促す鍵になります。
人を巻き込む3つのステップ
チェンジマネジメントでは、関係者を巻き込むための対策を事前に計画します。その計画のステップの概略をお伝えします。
ステップ1:ゴールを設定する
まずは相手にどのようにかかわって欲しいのか、そのゴールを定義します。
例えば、
- プロジェクトの主要メンバーとして参画してほしいのか
- ボランティアメンバーとして週末数時間活動してほしいのか
- 実際に手を動かしてもらう必要はなくプロジェクトに理解を示してくれるだけでいいのか
など、相手の立場やそのときの状況にあわせて、何を目指すのかを明確にします。
ステップ2:相手の関心を想定する
相手はどのようなことに関心があるのでしょうか。相手の関心に関心を寄せてみてください。何に喜びを感じ、どのような痛みを避けようとしていますか。
コストを削減する、利益率を上げる、問題を解決する、昇進する、作業量を減らす、メンツを保つ、権限を増やす、品質を上げる、新しい知識を得る、話を聞いてもらうなど
相手の立場、状況を踏まえて、相手の関心を想定してみてください。
ステップ3:あなたが持っている力を洗い出し、どの力がゴールを達成に有効なのかを考える
ステップ1で設定したゴールを達成するために、ステップ2の関心を持つ相手に、どのような力が使えるでしょうか?
例えば、プロジェクトマネージャーCさんが「社内プロジェクトの主要メンバーとしてDさんに参画してほしい」と思っていたとします。
この場合、
- Dさんを公式にプロジェクトにアサインしてもらう
- Dさん本人にやりたいと思ってもらう
という2つの側面からアプローチが必要です。1.に関しては、人の配属に関係するため、Dさんの上司から了承を得る、つまりその上司を動かす必要があります。
そのため、Cさんは、以下のようなことを考える必要があります
上記1. Dさんの上司の了承を得るために
- 自分はDさんの上司と関係性があるか
- 自分と関係性がある人で、Dさんの上司と関係性がある人、影響力を行使できそうな人がいるか
- 自分の個人の力(社内での実績等)は相手を説得するに足るか
また、上記2. Dさん本人にやりたいと思ってもらうために、
- Dさんと十分な関係性があるか
- Dさんをやる気にさせるに足る実績があるか
もし、CさんにDさんを動かすパワーが十分にない場合、Cさんは、設定したゴールを変える必要があるかもしれません。例えば、いきなり「主要メンバー」として参画してもらうというのは、ハードルが高いのであれば、まずはプロジェクトのサポーターとして、週に4時間程度ミーティングに参加してもらい、Dさんに知見をもらいということから始め、関係性構築からスタートというのも対策のひとつでしょう。
普段から自分の持つ力を蓄える
説得力のある説明ができれば、人を動かせるわけではありません。多くの場合、相手との関係性や信頼が影響します。関係性や信頼という力は、一朝一夕で蓄えられるものではありません。そのため、普段から力を蓄積する必要があります。
例えば、積極的に人と接して普段から様々な人たちと関係性を構築することで、つながりができるだけでなく、人づてにしか知りえない貴重な情報や、様々な視点、考え方を得ることができます。それは、個人の力を蓄えることにもつながります。
また、定常業務で実績をあげるというのは時間がかかることもありますので、積極的に業務外の活動にも参画し実績を上げる、名前を売るなども効果的です。
力を効果的に使って社内を動かした実例
力を効果的に使って、大きなうねりを起こした実例をご紹介します。元パナソニックで、One JAPANの代表の濱松誠さんのお話です。
濱松さんは、パナソニックに新卒で入社したばかりのとき、縦割り組織や、社員が「どうせ言っても無駄」と感じている「大企業病」への危機感を感じ、横のつながりを作り、若手が自分ゴト化できる団体を作りたいと「One Panasonic」というパナソニックグループ内の交流を促す活動を発足されました。
当初は若手社員を中心にアイデアを持ち寄るイベント、先輩たちとの交流会を開催していましたが、徐々に賛同者が増え、ついには、社長まで巻き込む大きなムーブメントを作り出しました。その後、他社の賛同者を増やし、One JAPANという大企業の若手・中堅社員を中心とした約50の企業内有志団体が集うコミュニティを設立されました。
濱松さんが活動を始めたのは、入社したばかりころ。社内でポジションの力はない状態です。そのため、彼は個人の力、若さや情熱などを使い、社内の若手、中堅との関係性を作り、徐々に賛同者を増やしました。キーワードは「もっと会社を良くしたい」。今の状況を変えたいと思っているけど、ひとりでは行動にまで移せなかった社員の共感を得たのです。さらに、セミナー、ワークショップなどのイベントでの成功を蓄積することで、組織内の信頼を築くことにつながりました。そして、ついには、3000人規模のコミュニティへと拡大し、経営層やアルムナイ(パナソニック退職者)も巻き込んだネットワークへと発展したのです。
濱松さんの活動でユニークなのは、大企業病に不平を言って終わるのではなく、大企業だからこそ持ち得るリソースに着目したことです。大企業の人材、技術、ブランドなど、有形無形の資産を活用して、彼の活動のパワーの源として使い倒したと言っていいでしょう。
組織内で、ポジションの力がなくとも、小さくはじめ成功を積み重ねる、周りと関係性を構築し協力者を増やすことなどで、大きな成果を出すことができるという成功例です。
皆さんは、影響力を使ってどのようなことを達成したいですか。一度、皆さんが持つパワーでどのようなことができるのか、まっさらな気持ちで棚卸しをしてみてはいかがでしょうか。
(参考)