業績が悪化している組織の立て直しや、成果が出ていない部署のマネジメント、職場環境の改革などの組織変革を行うとき、最初に行わなければいけないことは、

社員の危機意識(Sense of Urgency)

を醸成すること。

人は、本能的にできるだけ現状を維持しようとします。変わる理由がなければ、変わろうとしないのです。

そのため、まず

「なぜ今変わらなければいけないのか」

を効果的に伝え、納得してもらうことが重要なのです。

今回は、危機意識を高めるために、「なぜ今変わらなければいけないのか」のコンテンツ(伝える内容)を考えるときに、必ず考慮すべき以下の3つのポイントを解説します。

  1. 感情と理性に訴える
  2. ストーリーで語る
  3. 伝える順序はリスク→チャンス

感情と理性に訴える

心理学の一般的な見解によると、脳では2つのシステムが独立して働いています(*1)。一つ目は「理性」を司る大脳新皮質。合理的に物事を分析し、未来に目を向ける機能です。もう一つは「感情」を司る大脳辺縁系。苦痛や快楽を感じる機能です。この2つの機能はバラバラに動いています。

例えば、ダイエット中、理性は「太るから甘いものを食べてはいけない」と思っているのに、感情が「チョコレートを食べたい」と思ってしまい、長期的な報酬(やせること)より短期的な報酬(チョコレート)を優先してしまうのは、理性と感情がバラバラに動いている一例です。皆さんも、理性が感情に負けてしまった、というご経験があるのではないでしょうか。

危機意識を高め、「変わらなければいけない」と思ってもらうためには、理性と感情、両方に対して「WHY-なぜ今変わらなければいけないのか」を伝える必要があります。

理性に有効なのは、事実・数字等を使った論理的な説明です。多くのビジネスパーソンは、経営数字や顧客アンケート結果など客観的な情報を使って説明されていると思います。しかしこれだけでは足りません。人を動かすには、例えば、社員の幸福、顧客の笑顔、プロ意識など人の琴線に触れるものが不可欠です。

例えば、京セラ名誉会長の稲盛氏は、2010年JAL再生を指揮したとき、着任直後にJAL社員に次のような感情に訴えるスピーチをされました。(*2)

私はJALの社員の皆さんがJALで働けて本当に良かったと思えるような会社にしたい。全社員が自分の会社を誇りに思い、意気に感じて一緒にJALを良くしていこうと思うようにしたい。そうすれば必ず再建できる

シンプルなメッセージながら、「誇り」「幸せ」「一緒に良くする」というキーワードに心を動かされませんか。

また、稲盛さんは理性に訴える活動も推進されました。彼が、JAL再建で最初に行ったことは、「JALグループ全体の収益、財務状況がわかる連結決算を毎月出す」「路線別の収支を毎日わかるようにする」です。倒産するまで「うちの会社が潰れることはないだろう」とゆでガエル状態になっていたJAL社員に、なぜ変わらなければいけないのか、どう変わるべきなのかを把握させるため、社員に経営数字を徹底して学ばせました。

このように、変革を実現したリーダーは、この理性と感情に訴えるという手法を使っています。「WHY」を伝えるときには、コンテンツの中に、理性の要素と感情の要素が入っているかチェックしてみてください。

ストーリーで語る

我々は、幼いころから物語(ストーリー)を聞いて育ちました。桃太郎、三匹の子豚、白雪姫などのストーリーを楽しみ、ストーリーから学ぶということに慣れ親しんでいます。落語の起源も、お寺の説法をストーリーで面白可笑しく伝え、学んでもらうというところから始まったそうです。

ストーリーは太古からのパワフルなツールなのです。

私自身、チェンジマネジメントの講座の開催を通じて、ストーリーの力を実感しました。講座を始めた当初、人に教えるという経験がなかった私は、チェンジマネジメントのツール・プロセスなど情報を伝えることに注力していました。わかりやすく具体的な事例を交えて、伝えているつもりなのに、「実践でどう活かせるのかよくわからない」など、受講者から辛辣なコメントをもらい、悩みました。なぜ伝わらないのだろうと。

あるとき、「そうか! 講座を通じて、受講者の行動変容・意識変容を促すということも実はチェンジマネジメントだった!」という基本的なことに気づき、ストーリーを盛り込むようにしたのです。

ストーリーには、主役がいて、その主役が抱える課題があり、主人公はその課題に立ち向かい、ゴールを達成します。鬼滅の刃も、スターウォーズも、桃太郎も、内容は違っても、同じ構成で成り立っています。

今まで説明調で伝えていた事例をこの構成に当てはめ、受講者の立場に近い登場人物を作り、登場人物に受講者が抱えているような課題を設定し、問題解決までの道のりをお話しするという形に変えました。

それ以来、講座のアンケートに「具体的で非常にわかりやすかった」「自分の取り組みを思い出しながら受講できた」など、高評価をいただけるようになったのです。ストーリーの偉大さを実感しました。

ご参考までに、数々のメディアで「感動的なスピーチ」と絶賛された米国の次期副大統領のカマラ・ハリス勝利宣言演説(*3)をご紹介します。このスピーチは、米国の女性・マイノリティを主役に見立てたストーリーです。

私がここに立っているのは、私の母のおかげだ。彼女は19歳でインドから来た。こんな瞬間が訪れるなんて想像もしなかっただろう。だが彼女はこのような瞬間を可能にするアメリカを深く信じていた。(中略)

私は母に、そして何世代にもわたる女性たちに思いをはせる。黒人、アジア系、白人、ラテンアメリカ系、そして米国先住民の女性が我が国の歴史を通じて、今夜、この瞬間への道を切り開いてきた。(中略)

すべての女性は投票する権利を獲得し、守るために1世紀以上にわたって努力を続けてきた。そして2020年、新たな世代の女性が票を投じ、自らの声を伝えるという基本的な権利のために戦いを続けた。私は彼女たちの後を引き継いで取り組む。(中略)

私は女性として初めての副大統領かもしれないが、最後にはならないだろう。今夜、これを見ているすべての小さな女の子たちが、アメリカは可能性に満ちた国であることを知ったからだ。

この演説は、カマラ・ハリスとその母のストーリーを、米国女性のストーリーに重ね合わせ、共に更なる勝利の道を歩もうと鼓舞する感動的な構成になっています。この演説を聞いて、「新しい時代が来た」と勇気づけられた女性は多かったのではないかと思います。

伝える順序はリスク→チャンス

危機感を醸成するうえで、気を付けなければいけないのは、伝える順番です。危機意識ばかり煽っていては、人間やる気がなくなります。「うちの業績が悪い」ばかり言っていると、「会社の状況がそれほど危ないのなら、辞めたほうがいいな」という気持ちになりかねません。

そのため、WHYを伝えるときの順番は、

  1. 変わらなければどのようなことが起こるのか。(ネガティブ情報)
  2. 変わればどのような明るい未来が待っているのか。(ポジティブ情報)

です。

聴き終わった後に、「やるぞ!がんばるぞ!」という気持ちにさせるために、必ずこの順番で伝えていただきたいのです。

ご参考までに、日本電産が2011年に三洋精密を買収したときに、日本電産の永守会長が、買収後社員を集めた最初の挨拶の席で言った言葉(*4)をご紹介します。

ざっくばらんに申し上げて三洋精密さんは、実質的に倒産しています。だけど、一年、私言う通りにやってみようという気持ちになっていただけたら、この会社はよくなります。それは自信をもって申し上げたいと思います

赤字というのは罪悪なんです。これからいろんなことを皆さんに言うけど、聞いてほしい。結果は必ず出ます。結果が出ないなら責任は私にあります

短いコメントながら、業績悪化に鈍感になっていた社員に赤字は罪悪であるという意識を植え付け、更に必ず結果が出るという未来を提示している、非常に力強いメッセージです。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

  1. 感情と理性に訴える
  2. ストーリーで語る
  3. 伝える順序はリスク→チャンス

という3つのポイントをおさえることで、今変わらなければいけないと思わせるコミュニケーションを行うことができます。ぜひ試してみてください。

 

参考

  1. チップ・ハース&ダン・ハース(2016)スイッチ!「変われないを変える方法」早川書房
  2. 大田嘉仁(2018)JALの奇跡(稲盛和夫の善き思いがもたらしたもの) 致知出版社
  3. 日本経済新聞(2020年11月10日)ハリス氏演説全文
  4. 田村賢司(2017)日本電産永守重信が社員に言い続けた仕事の勝ち方 日経BP社