SMBC日興証券の相場操縦事件が連日メディアで取りざたされています。

副社長を含むSMBC日興証券の幹部5人が金融商品取引法違反容疑で逮捕され、更に法人としてのSMBC日興も同法の両罰規定に基づき起訴され、会社としての刑事組織の刑事責任が問われる前代未聞の事態に。

副社長を除く逮捕された幹部ら4人は、同社の資金で株取引を行うトレーディング業務を統括するエクイティ部門に所属。本部長だったヒル・トレボー・アロン被告、中核のエクイティ部の部長だった山田誠被告ともに、SMBC日興が市場部門の収益拡大に向け、外資系出身者の採用を拡大していた2014-15年に招き入れられた外資系企業からの転職組です。

山田被告が16年にエクイティ部の部長に登用されてから、トレーディング損益の黒字は16年3月期の188億円から21年3月期は773億円と4倍超に急成長。彼は「がむしゃらに仕事を取ってくるタイプ」であった一方、収益重視の風潮の中、「会社に利益をもたらしているとの自負から、周囲に高圧的な態度を取ることもあった」ようです。

SMBC日興に限らず、東芝の不正会計、三菱電機不正検査問題など多くの企業の不正事件は、達成困難なストレッチ目標や過剰な期待に端を発しています。

30年ほど前のチェンジマネジメントでは、現状に満足している状態では人は動かないため、危機感を醸成するために、達成困難と思われるような目標を設定することが望ましいとする風潮がありました。

しかし現在では、ストレッチゴールがプラスに働くのは、組織内で心理的安全性が担保されていることが前提であるという考え方が一般的です。

また、現代のように変化のスピードが非常に早く、様々なものがグローバルレベルで複雑に相互依存しているような状況において、英雄的なリーダーが変革を推進するというのは現実的ではないと考えられています。

組織開発の先駆者エドガー・シャインと共著者は著書「謙虚なリーダーシップ」の中で、「古いモデル(英雄がリーダーとしてメンバーを率いる機械のような組織)が、過去のものとなっている。(現在のような)環境に身を置くリーダーは、絶対的に謙虚にならざるをえない。なぜなら、あらゆる答えを見つけられるだけの知識を一人の人間が積み上げることは、事実上、不可能だからである」と述べています。

正に今のチェンジマネジメントの至上命題は「組織を力強く率いる強いリーダーを生みだすには?」ではなく、「組織があらゆる問題に適切に対処するため、個々人が主体的に変化を生みだすにはどうすればいいのか?」なのです。

そこで今回は、組織全体の変革力に着目した、マサチューセッツ工科大学スローン・ビジネススクールの上級講師 ピーター・センゲの「変革を定着させ組織をあるべき姿に導く学習する組織型アプローチ」をご紹介します。

センゲは、変革の多くが一旦導入された後、元の状態に戻り失敗している点を指摘し、社員の変革力を高め、環境の変化に立ち向かい成長し続ける組織であるために、何が必要であるかを提言しています。

組織が元の状態に戻ることなく、変革を定着させるには何が必要なのでしょうか?

 

ピーター・センゲの組織変革モデル

ピーター・センゲは、マサチューセッツ工科大学スローン・ビジネススクールの上級講師で、「学習する組織(Learning Organization)」や「システム思考(Systems Thinking)」という概念を世に広めた人物として知られています。彼の著書「The Fifth Discipline (1995, 2006)」(邦訳:学習する組織)は、ハーバード・ビジネス・レビュー誌より過去75年間で最も優れた経営書のひとつと称されました。

センゲと共著者は著書「The Dance of Change」の中で、変化が激しく先が見えない環境において、変化し成長し続ける「新しいタイプの組織」を構築するための出発点となるロードマップを提示しています。

彼らのアプローチが他の多くのモデルと異なるのは、

  • ビジョンの作成や計画の立案といった変革の初期の段階に焦点を当てた研究とは異なり、組織の変化を持続させ、再設計するという長期的な課題に目を向けて、本質的な策を提示している
  • プロセス、システムなどの「外面的な」変化だけでなく、人々の価値観、想い、行動などの内面的な変化を含めた「根底からの変化(Profound change)」を前提にしている

ことです。

典型的な変革活動のライフサイクル

センゲらは、変革によって導入された革新的なアイディア・ツール・プロセスの多くが定着せず、目指す効果を生みだせていないことを指摘し、なぜ大きな変化を定着させることが難しいのかを理解するためには、生物学者のように考える必要があると述べています。

ほとんどの変革活動は、時間の経過とともに、上の図1のような一般的なライフサイクルをたどります。

変革によって推し進められた革新的なプラクティスは、しばらくの間成長した後、成長が止まります・・・この図の曲線は、組織変革の取り組みに特有のものではなく、生物がたどるパターンをなぞっています。・・・

自然界のすべての成長プロセスは、「成長を強化するプロセス」と「制約するプロセス」の相互作用から生まれます。種は木になる可能性を秘めていますが、その可能性を実現するのは、成長を強化するプロセスです。種子は幼根を伸ばし、この根が水や養分を取り込み、さらに根を伸ばし大きくなり、取り込む水や養分を増やし、さらに根を伸ばし大きくなる・・・ このようにして、最初の成長プロセスが進行していく。しかし、どこまで成長するかは、水、土の中の養分、根が伸びるスペース、暖かさなど、さまざまな制限によって変わります。やがて木が地表に出てくると、太陽の光、木の枝が広がるスペース、木の葉を枯らす虫など、更にさまざまな制約が出てきます。

生物が潜在的な能力を発揮する前に、成長が「早々に」止まってしまうのは、回避できたはずの制約に遭遇したためであり、それは必然ではありません。他の種は、同じ制約を受けていないため、さらに成長します。

ピーター・センゲ他「The Dance of Change」(1999)
組織の成長は「成長を強化するプロセス」と「制約するプロセス」の相互作用から生まれる

センゲらはこの生物学の例から学べることとして、以下のポイントをあげています。

  • 変化を持続させるためには、強化された成長プロセスと成長を促進するために必要なものを理解する必要がある
  • 特にリーダーは成長を妨げる要因にフォーカスし対処する必要がある

変革の成功を阻む「制約」はそれが起こるまで気づかないが、起こったときにはすでに手遅れになっている可能性があるため、制約を予測し予め対処することが、成功の最大のレバレッジになると説いています。

成長の制約の基本構造

センゲらは、成長の制約は強化プロセス(成長)が均衡プロセス(自然に発生する何らかの抵抗)に直面したときに発生すると考えています。これは社会心理学者クルト・レヴィンの「場の理論」の軸である「均衡プロセス」と同様の考え方です。均衡プロセスは、環境を一定の状態に保ちつづけようとする傾向のことで、人間の身体の恒常性、生態系の捕食者と被食者のバランス、企業の安定性など世の中のあらゆるものは、完全性、連続性、安定性を維持するため、何らかの自然なバランスを求め続けています。

例えば、どの企業にも「適切なレベルの議論」という独自の暗黙のルールがあります。そのルールを破って過激な発言をすれば、そのような発言を控えさせるためのなんらかの圧力を感じるでしょう。しかし、あまりにも沈黙しすぎると、もっと発言せざるを得ないと感じるでしょう。このようにどの企業においても、社内のメンバーが互いにサインを出して、「発言しすぎ」と「沈黙しすぎ」の間で揺れ動き、常にグループの「ありたい状態」に近づけようとします。何かを変えようとすると、この「ありたい状態」に近づけようとする均衡プロセスが抵抗となって成長プロセスを阻害するのです。

組織における暗黙のルール

多くの本格的な変革では、一般的なマネジメントシステムに内在する問題が阻害要因という形で現れます。例えば、変化が自分たちに影響しないのであれば受け入れるという管理職の姿勢、組織内に暗黙の了解で「議論すべきでない」と考えられているテーマ、問題の表層的な症状への対処に終始し問題の根本原因を無視する慣習などです。

組織が成長するためには、このような阻害する問題の相互依存性や根底にある原因を理解し対処する必要があります。

またセンゲらは、変化を定着させるには、プロセス、システムなどの「外面的な」変化だけでなく、人々の価値観、想い、行動などの内面的な変化を含めた「根底からの変化(Profound change)」が必要であると述べています。

組織は、単に新しいことを行うのではなく、新しい方法で物事を行う能力を構築するのです。・・・ 戦略、構造、システムを変えるには、それらを生み出した思考も変わらなければ不十分なのです。

ピーター・センゲ他「The Dance of Change」(1999)

さらにセンゲらは、阻害要因を理解し対処するため、そして根底からの変化を生みだすためには、大前提として学習する組織でなければならないと説いています。

学習する組織とは

学習する組織とは、組織が阻害要因を乗り越え成長し続けるために必要な意識と能力を高め続ける組織のことを指します。学習する能力を養うことで、変化し続ける環境の中でも 衝撃に耐え、適応し、組織の構造やプロセスを進化させることができるようになるのです。

学習する組織が変革を生みだす

センゲは、著書「学習する組織」の中で、学習する組織には、以下の3つの中核的な学習能力が必要であると述べています。

チームの中核的な学習する能力

1.複雑性を理解する力

複雑な状況下において、物事の全体像を捉え、さまざまな要因のつながりや相互影響、作用を理解したうえで、目的を達成するため最も効果的な課題解決策を導き出す能力

2.内省的な会話をする力

個人や集団に深く根付いている思い込みや行動パターンを意識し、表面化し、検証するための内省と探求の能力。対話や前向きな議論を通じて、個人の洞察力を最大限に引き出すコミュニケーション力

3.志を育成する力

個人レベルでは、学び続けることにコミットし、個人のビジョンを明確にし、絶えず挑戦し続ける力。組織レベルでは、組織全体で共有される未来像や目的、価値観、ミッションを生みだす力

これらの学習能力を高め続けるチームが変革を推進することで、変化を妨げる要因を取り除き、根底からの変化を生みだすことができるとセンゲらは考えているのです。

変化を妨げる要因

更にセンゲらは「The Dance of Change」の中で、変化を起こす段階、変化を維持する段階、変化を再設計・再考する段階に分け、段階ごとに発生しうる課題を定義し、予め対策を打つことを提案しています。

変化を起こす段階における主な課題

  • 時間がない:変革に関わる人々が自分の時間と優先順位を柔軟にコントロールできない
  • サポートがない:変革を推進するためのコーチングやガイダンス、サポートがない
  • 関連性がない:なぜ変わらなければいけないのかが明確でない、または説得力がない
  • 有言実行ではない:変革を推進するリーダーが有言実行ではなく、発言と行動にギャップがある

変化を維持する段階における主な課題

  • 恐怖と不安:古い信念や思い込みを見直す、古いやり方・考え方を手放す、今まで表面化していなかった真の課題が明るみになる、慣れないことをするため間違うリスクが高くなるなどは、不確実性や不安定な状況を生みだし、人を不安させる
  • 評価と測定:革新的な変化は、費用対効果や生産性などの既存の効果測定方法では効果が測れないため、周りに評価されづらい。例えば、これまで短期的な売上のみにフォーカスしていた組織が、顧客との長期的な関係構築を重視することになった場合、「毎月の売上ベース」で効果を図るという既存のマインドと新しい価値創造の間にギャップが生まれる
  • 変革推進チームとその他とのギャップ:変革が価値を創造すると信じている推進チームの行動・やり方・信条とそれ以外の人たちとの間でギャップが発生する。そのギャップは、それ以外の人たちにとっては脅威と捉えられ、変革推進チームが組織の中で異質な存在となる

再設計と再考する段階における主な課題

  • ガバナンス:変革推進グループがその範囲を拡大するにあたり、既存の組織構造(権力やアカウンタビリティ)と足並みをそろえながら活動を進めるために必要となるガバナンス
  • 新しい実践の普及:組織全体は、どのようにすれば変革の取り組みの経験から学ぶことができるのか。組織が毎回「一からやり直す」に終始するのを防ぐためにどのような基盤や実践を活用することができるのか
  • 戦略と目的: 世の中が変化する中で、組織が継続的に自らを改革していくためには、何が必要か。革新的な変革推進グループから生まれた戦略や目的に関する新しいアイデアが、どのようにより多くの人々の考え方に影響を及ぼすことができるのか

センゲらは、このような課題に事前に対処することが、成長の制約を取り除くことにつながると考え、「The Dance of Change」の中で、これらに対処するためのアイデアや提案を提示しています。

そして変革の成功に万能薬(one-size-fits-all)のような解決策はなく、以下の点に気を付けながら学び続ける必要があるとガイダンスを示しています。

  • 小さく始め、着実に成長させる
  • 綿密な計画を立てるのでなく、走りながら考え意図した結果を作り上げる
  • 変革はスムーズには進まない、先には必ず課題が出てくる

まとめ

前回ご紹介したジョン・コッターの変革の8段階のプロセスは、主に上層レベルのリーダーが大規模な変革を推進することを前提としています。これに対し、センゲらは、変革の多くが一旦導入された後、元の状態に戻り失敗している点に着目し、上層部のサポートのもと、組織のあらゆる階層で小規模な取り組みが育てられ、広がっていくことによって、根底からの変化が起こると考えています。

学習する組織を前提としたセンゲらのアプローチは、本質的であるがゆえに簡単な実践ではありません。しかし、組織がサステイナブルな変化を生みだし、成長し続けるために避けては通れない考えるべき点を提示してくれています。

皆さまのご参考になれば幸いです。

参考文献