チェンジマネジメントは、心理学、社会学、経営学などの学術的な理論や研究を軸に開発された領域です。

しかし、学術的な文脈はわかりづらい。

そのため、世の中にある多くのチェンジマネジメントモデルやプロセス・ツールは、一般の人たちに広く理解・実践してもらえるよう単純化されています。

シンプルにすることで、チェンジマネジメントの考え方がたくさんの人たちに受け入れられるという利点はあるのですが、チェンジマネジメントの本質が省略されてしまうというマイナス点もあります。

その結果、変革への抵抗、変化の定着化、意識改革など、複雑で一筋縄ではいかない「人」の課題に直面したときに為す術がない状況に陥るのです。

そのような課題に対処していただくために、当協会の研修では背景にある理論などをご説明しご理解いただいたうえで、チェンジマネジメントのプロセス・ツール、ベストプラクティスをお伝えしています。

このブログでも今回から数回に分けて、チェンジマネジメントには欠かせない代表的な理論や本質的なアプローチをご紹介したいと思います。

今回ご紹介するのは、社会心理学の父と呼ばれているクルト・レヴィンによる行動の変化を促すため理論とそこから学ぶ変革のポイントです。

 

社会心理学の父クルト・レヴィン

クルト・レヴィン(Kurt Lewin)(1890 -1947年)は、現代心理学の発展に多大な影響を与えた心理学者です。ユダヤ系ドイツ人としてドイツに生まれ、ベルリン大学の哲学と心理学の教授を務めていましたが、ナチ政権の成立で1933年にアメリカに亡命。コーネル大学教授を務め、マサチューセッツ工科大学にグループ・ダイナミックス研究所を創設しました。

場の理論の考案や、リーダーシップ、集団力学(グループ・ダイナミックス)の発展、社会問題の実践的解決を目指したアクション・リサーチの提案など、その研究業績は多岐にわたり、「社会心理学の父」と呼ばれています。

また、世界で初めてチェンジマネジメントのモデルを考案した研究者としても知られており、彼の3段階モデル(解凍―移動―凍結)は多くのチェンジマネジメントモデルのテンプレートになっています。

レヴィンが社会心理学の研究をしていた時代、世界は第二次世界大戦によって発生した社会課題に直面していました。人種差別や全体主義が支配していた時代です。レヴィン自身、ナチス政権下のユダヤ人としてマイノリティの立場から社会問題を経験しています。そのような時代背景において、彼は、宗教、人種、産業などの社会的対立を解決することによってのみ、人間の状態を改善することができると信じていました。そして、独裁的な社会システムではなく、民主的な意思決定プロセスや関係者参加型のプロセスが、集団における様々な課題を解決すると考えていたのです。

レヴィンが、社会問題の解決のための研究をしていた時代

ここでは、グループ、組織、社会などあらゆる集団に変化をもたらすための彼の研究テーマ「場の理論」「グループ・ダイナミックス」「アクション・リサーチ」「3段階モデル」をご紹介します。

場の理論(Field Theory)

場の理論は、レヴィンが提唱した理論です。彼は人の行動には、個人の特性と周囲の環境が相互に関連していると考え、それらが相互に依存している構造全体を「場(Field)」と定義しました。

彼は次のように考えました。

  • 個人の行動は、その個人が所属するグループの環境(場)の作用である。行動のあらゆる変化は、場の中の力の変化に起因する
  • 集団行動は「場」の相互作用と力が複雑に絡み合ったものであり、それは集団の構造に影響を与えるだけでなく、個人の行動をも変える

例えば、ある大学生が、階層型の伝統的な日本企業に入社した場合と、スタートアップ企業のフラット組織に入社した場合、同じ個人であっても会社における行動は変わるでしょう。これは、所属するグループの環境の作用であると考えます。

レヴィンは、あらゆる状況(場)を理解するためには、「現在の状況が、ある条件や力によって維持されていると見なすこと」が必要だと考えていました。

彼は「準定常平衡」という言葉を使って、場は集団に影響を与える力や状況の変化によって、常に変動しながら定常状態に落ち着く(安定する)と説明しました。そして、集団に大きな変化が発生すると、それに抵抗することで均衡を維持する傾向があると指摘したのです。つまり、どのような集団でも元の状態に戻ろうとする傾向があるということです。

レヴィンは、集団において変化を起こすということは、「到達されるべき目標」を目指すという表現より、「現在の水準から望ましい水準へ」という表現の方が適切であると述べ、変化を「定着」させるためには、意図的に新しい平衡状態(水準)へと移動させ、そして強力に定着させる必要があると主張しました。

そして、平衡状態を作り出している力を特定できれば、個人、グループ、組織がなぜそのように行動するのかを理解することができるだけでなく、変化をもたらすためにどのような力を弱めたり強めたりする必要があるのかを理解することも可能だと考えました。

以下のグラフを例にご説明します。生産性が水準1から水準2に高まったと仮定します。その理由は、生産増加の推進力が増えたことによるケース(b)もあれば、今まで抑制していた力が減少したというケース(c)もあります。例えば、優秀な人材を採用して生産性が上がる(推進力の増加)や、今まで生産の障壁になっていたものを取り除いたことで生産性が上がる(抑制力の減少)などの力が働いての結果と捉えます。今の水準を保っている力の均衡を理解し、どのような力を強める、または弱めれば、望ましい水準に変化させることができるのかを把握することが変化につながるとレヴィンは考えたのです。

レヴィンの場の理論(Field Theory)

このレヴィンの場の理論は、レヴィンの他の集団に関する研究の基礎になっています。

グループ・ダイナミックス(集団力学)

グループ・ダイナミックスとは、集団において、人々やその環境が相互に影響し、人の行動や思考を形成するシステム、またはそれらを研究する学問分野のことを指します。

「あるべき行動様式を引き出すために、グループ内の力をどのように変えるべきか?」という疑問を解決するために、レヴィンは、グループ・ダイナミックスという概念を発展させました。

レヴィンは次のように述べています。

リーダーシップの訓練や食習慣の変化における経験、仕事の生産性、犯罪、アルコール中毒、偏見などはすべて、諸個人を別々に変化するよりも、ひとつの集団を形成している諸個人を一括して変化する方が、通常容易であるということを示すように思われる。

集団的価値が不変である限り、個人は集団的標準から遠く離れて行かなければならぬ程いよいよ強く変化に抵抗するであろう。集団標準がそれ自体変化すれば、個人と集団標準との間の関係によって生じていた抵抗は除去される

クルト・レヴィン「社会科学における場の理論」(2017)

つまり、

  • 個人の行動を変化させるより、グループの行動を変化させる方が容易である
  • 人は所属するグループの標準的な価値観、考え方、常識などから逸脱したくないという心理が働くので、グループ標準ではない変化を個人に強いると反発する。そうではなく、グループ標準自体を変化させる方が抵抗は少ない

ということです。

例として、彼が実施した「米国人の食習慣の研究」の結果をあげています。

その研究では、主婦を2つのグループにわけ、グループ1には、新鮮なミルクを飲むことの価値について「講義」を実施しました。グループ2は、主婦たち自らが互いに話し合い「ミルクの消費をあげるべきである」という結論をグループで出しました。

その結果、2つのグループのミルクの消費量に大きな差が出ました。(以下のグラフ参照)

レヴィンのグループ・ダイナミックスの効果例

講義によってやるべきことを押し付けられるのではなく、グループで決定したことのほうが、より変化をもたらし、さらに変化が定着しているのです。

レヴィンの先駆的な研究は、集団に関する理解の基礎を築きました。しかし、グループの内部のダイナミックスを理解するだけでは、変化をもたらすには十分ではありません。レヴィンは、対象者自らが行動を変える活動に参画し、コミットできるようなプロセスを提供する必要性を認識していました。そこでレヴィンは、アクション・リサーチと3段階モデルを開発しました。

アクション・リサーチ

レヴィンは、論文 “アクション・リサーチと少数者の諸問題(Action Research and Minority Problems)”(1946年)の中で、社会問題を解決するための方法としてアクション・リサーチを提案しました。

この論文の中でレヴィンは次のように述べています。

この1年半の間に私は集団関係の分野において協力を求めてきた数々の団体、公の機関、および個人と接触する機会を得た。・・・(彼らは)問題に真正面からぶつかっていき、また実際にもなんとか手を打とうという心構えや善意は十分にある。これら熱心な人たち自身が五里霧中の気持ちでいるのである。・・・彼らが霧中にあるという気持ちを抱くのは次の3点についてである。①現在の状況はいかなるものか、②危険はどのようなものか、そして、これが一番重要な点であるが、③我々は何をすべきなのか

クルト・レヴィン「社会的葛藤の解決」(2017)

レヴィンは、アクション・リサーチを、これらの3つの質問に取り組む手法として考えました。

彼が提唱したアクション・リサーチは以下のような特徴があります。

循環的で反復的な学習プロセス

レヴィンは、アクション・リサーチのプロセスを「問題を解決するために何をすべきかを計画し、行動を起こし、その行動の結果を確認し、そこから学びを得、さらにその学びを次の計画・行動に活かすという、循環的で反復的なプロセス」と定義しました。

彼は、集団における問題は、複雑な力が絡み合っているため、結果を予測することはできず、反復的なプロセスで試行錯誤しながら学び、改善を繰り返すことが、集団相互関係の改善につながると考えたのです。

全員参加型の反復的な学習プロセスと問題・状況の可視化

全員参加型のプロセス

レヴィンは、行動のパターンは当事者を抜きにしてほとんど改善することができないと考えていました。また、グループ・ダイナミックスを通じて、集団の規範を強化することが、効果的に変化を生みだすと考えました。そのため、関係者全員が参加する協調的なプロセスを推奨しました。

アクション・リサーチの参加者が、協力して状況を観察、理解し、客観的な視点で自らの行動を振り返ることが、彼らの学習や行動につながる。そして彼らがそのプロセスで学んだことを実行することにより、継続的な学習と問題解決に必要なスキルを身につけることができると考えたのです。それは結果として生じる変化よりも重要であるとレヴィンは捉えていました。

一方、レヴィンはこのようなプロセスを踏んでも、変化は往々にして短命であり、一時は変化が起こっても、すぐに以前の状態に戻ってしまうことを懸念していました。

彼は、集団の水準を変化させるだけでは不十分で、新しい水準を存続させることを目指すべきだと考えました。このような課題意識から、彼は3段階モデルを開発したのです。

3段階モデル

レヴィンの変革の3段階のプロセス

3段階モデルは、組織変革に対するレヴィンの重要な貢献として挙げられます。しかし、彼が3段階のプロセスを提示したとき、レヴィンは、組織変革だけを考えていたわけではありませんでした。また、他の3つの要素 (場の理論、グループ・ダイナミックス、アクション・リサーチ) から切り離して捉えられることも意図していませんでした。彼は、4つのテーマが、組織だけでなく、コミュニティや社会などあらゆる集団に変化をもたらすための統合的なアプローチを形成していると考えていたのです。

レヴィンは変革の成功には以下の3つのステップが必要だと述べています。

ステップ1: 凍結解除 (unfreezing)

場の理論のセクションで説明した通り、レヴィンは、人の行動は、場の力の均衡に影響を受けていると考えました。そのため、古い行動を手放し、新しい行動を適応するためには、均衡が不安定になる(unfrozen)必要があると考え、「自己満足と独善の殻を破るためには、ときには感情の揺さぶりを起こすことが必要である」と述べています。

レヴィンの考えを拡大して、組織開発・組織文化研究の先駆者エドガー・シャインは、凍結解除を達成するために必要な3つのプロセスとして、「現状維持の正当化が無効であることの証明」「罪悪感や生き残りに対する不安の誘発」「心理的安全性の創出」を挙げています。そして、「十分な心理的安全性が形成されなければ、現状維持が問題であるという情報が否定され、生き残りに対する不安を感じないため、結果的に変化が起こらない」と主張しました。つまり、人が新しい情報を受け入れ、古い行動を捨てるためには、喪失感や屈辱感を受ける心配はないと感じなければならないということです。

ステップ2:移動(Moving)

アクション・リサーチのような反復的なアプローチを用いて、古い水準から新しい水準へ移行します。

ステップ3:再凍結(Freezing)

グループを新しい準定常的な平衡状態で安定させることを目指します。

例えば、グループ・ダイナミックスで触れた「集団の意思決定」は、凍結の一例です。集団での意思決定は、「自分の決定に執着する」という人の傾向と「集団に対して制約をした」ということになるため、行動を定着化させることにつながります。

エドガー・シャインは、再凍結の主なポイントとして、新しい行動は、その集団の他の行動や性格、環境とある程度一致していなければならず、そうでなければ単に新たな不一致を招くことになると述べています。

これは、レヴィンが変化を成功させるためには、集団の水準を変えるべきだと考えた理由につながります。集団の規範や習慣が変わらなければ、個人の行動の変化は持続しません。組織変革の場合、再凍結には、組織文化、規範、方針、慣行の変更が必要になると言えるでしょう。

まとめ

彼の研究は、変革の成功のための2つの重要なポイントを示しています。

  1. 社会的集団がどのように形成され、動機づけられ、維持されているかを分析し、理解すること。これを実現するために、彼はフィールド理論とグループ・ダイナミックスを開発しました。
  2. 社会的集団の行動を変えること。これを達成するために彼が開発した主な方法は、アクション・リサーチと変化の3段階のプロセスです。

レヴィンの研究を支えていたのは、社会における民主的な制度と民主的な価値観の重要性に対する強い道徳的・倫理的信念ででした。

生活のあらゆる面で民主的な参加を強化し、社会的な対立を解決できるようになって初めて、専制主義、権威主義、人種差別などの弊害に効果的に対抗できると考えたのです。

変革の影響を受ける人たちを意思決定に参画させる、個人ではなく集団の水準を変化させる、問題を引き起こしているシステム全体を当事者が理解し、学び、反復的なプロセスで改善させるなど、レヴィンの研究から生まれたアプローチは、半世紀以上たった今でも、組織変革における本質的な考え方を提供してくれます。

ご参考になれば幸いです。

参考文献

  • Gallos, Joan V; Schein, Edgar H. (2017). Organization Development: A Jossey-Bass Reader. Jossey-Bass.
  • Robbins, Stephen P; Judge, Timothy A. (2017). Organizational Behavior, 17th Global Edition. Pearson.
  • Lewin, Kurt. (1947). Frontiers in Group Dynamics: Concept, Method and Reality in Social Science; Social Equilibria and Social Change. Human Relations.
  • Lewin, Kurt. (1947). Frontiers in Group Dynamics: II. Channels of Group Life; Social Planning and Action Research. Human Relations
  • Cummings, Stephen; Bridgman, Todd; Brown, KG. (2020). Unfreezing change as three steps: Rethinking Kurt Lewin’s legacy for change management.
  • Schein, Edgar H. (1996). Kurt Lewin’s change theory in the field and in the classroom: Notes towards a model of management learning. Systems Practice.
  • クルト・レヴィン(2017). 社会科学における場の理論. ちとせプレス.
  • クルト・レヴィン(2017). 社会的葛藤の解決. ちとせプレス.