不確実な時代と言われる昨今、多くの企業は、コロナや災害、市場や顧客ニーズの急激な変化など予測していなかった事態に対応するため、変革プロジェクトを実施します。
しかしその変革プロジェクト自体が、想定外のトラブル、スケジュール遅延、予算超過などのリスクをはらんでいるため、多くのプロジェクトでは、プロジェクト管理手法に則ってプロジェクトの状況やリスク要因を信号の色(緑、黄、赤)で表現し、リスク管理を行います。
しかし、このやり方では適切にリスク管理を行うことができないとチェンジマネジメントのコンサルタントのポール・ギボンズは指摘しています。
なぜならこの一般的なリスク管理手法は、人間の意思決定には認知バイアスがかかることを前提としていないからだそうです。
チェンジマネジメントを適切に行う場合、この認知バイアスという無意識の思い込みを考慮したうえで計画をたてプロジェクトを管理します。
認知バイアスとは
認知バイアス(cognitive bias)とは、先入観や偏見、無意識の思い込みにより非合理的な判断をしてしまう心理現象のことを言います。
例えば、高級感のある洗練されたスーツを着た、精悍な顔立ちの男性が堂々とした雰囲気で話しているのをみて、「どんな人か想像してほしい」と言われたら、多くの人は、仕事ができそう、頭がよさそうなど、「良い」ことを思い浮かべます。これは、どこか優れている点(劣っている点)を見つけると、そのほかにおいても優れている(劣っている)と考えがちになる傾向「ハロー効果」です。
人間の判断は、このような様々な認知バイアスに日々影響を受けており、その無意識の思い込みにより非合理的な判断が、プロジェクトの失敗につながることが多々あります。
楽観主義が判断を鈍らせる
行動経済学の創始者のひとりでノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン氏と「意思決定の科学」の専門家であるシドニー大学教授のダン・ロバロ氏は、ビジネスにおける失敗の多くは、合理的に判断した結果がうまくいかなかったからではなく、誤った意思決定の結果であると指摘しています。
人間には、利益やコスト、確率を合理的に勘案せず、非現実的な楽観主義に基づいてベストシナリオやベストストーリーに沿った計画を立ててしまうという欠陥があります。これを「計画の誤謬(Planning Fallacy)」と言います。
利益を過大評価し、コストを過小評価して、成功のシナリオを思い描き、ミスや計算違いの可能性を見落とす。そして客観的にみれば、予算内、納期内に収まりそうもないプロジェクトや予想収益を達成できそうにないプロジェクト、成功しそうもないプロジェクトを推進するのです。
人間は自分の能力を過大評価する
数々の研究調査では、人間は基本的に非常に楽観的な傾向にあることが指摘されています。代表的な楽観バイアスのひとつは、自分の能力を過大評価する傾向にあること。
米国の大学入学試験協会が100万人の学生を対象に「同級生と自分を比較して、自分自身を格付けしてください」とアンケートを取ったところ、次のような結果になりました。
- リーダーシップ能力:学生の70%が自分は平均以上であると評価。平均以下であると評価したのはたったの2%
- スポーツの能力:60%が平均より上だと答え、平均より下と答えたのは6%
- 他人とうまくやっていく能力:60%の生徒が上位10%であると答え、25%が上位1%であると回答
このような自分の能力を過剰に評価する傾向が多くのビジネスリーダーにもあります。特にマネジメント力のような定量的に測りづらい能力において、自分の能力への自信がプロジェクトにおける潜在的な問題を簡単に回避、または解決できると楽観的に考える傾向を生みだすのです。
さらに、人間には自分の成功は自分の内的なものが原因で、失敗は外的なものが原因であると考える傾向があります。これを自己奉仕的バイアスと言います。
事実がどうであったとしても、ポジティブな結果に関しては、自分たちのおかげであると考え、ネガティブな結果に関しては外的要因が問題であると考える傾向にあるのです。
組織のプレッシャー
さらに組織のプレッシャーがプロジェクトのリスクを見えづらくすると、カーネマン氏とロバロ氏は指摘します。
組織で使える予算は限られています。そのため、多くの部署・部門が予算を必要としているなか、各自が自分たちの提案を投資価値があるもの・効果が高いものだとアピールしなければいけない。そのため、提案に使われる計画シナリオが楽観的になりすぎる、最も楽観的過ぎる提案が投資の対象として選ばれてしまうという弊害があるのです。
さらに楽観主義は社会的に受けがいい。真実を伝える現実論者よりも、誤った方向に導く可能性のある楽観的な情報の提供者を厚遇する傾向にあります。リーダーたるもの、自信を示し、前向きにチャレンジをしなければいけない。不確実性を強調し悲観的な計画を立てる社員の意見は押さえられがちです。特に「ストレッチゴール」を重要視する会社だと、非現実的で楽観的な未来予測が採用され、現実的な効果の予測は捻じ曲げられます。
アンカリング
加えてアンカリングというバイアスが楽観主義のゆがみをさらに増長します。
人は最初に提示された数字が強く印象に残ってしまい、その情報を前提条件としてしまう傾向があります。そのため、後に続く数字との比較や優劣、損得の判断が、最初に提示された数字やその印象に依存したものになるのです。これをアンカリングといいます。
予算を通すために提示された楽観的な予算やスケジュール・費用対効果がアンカーになり、その後の判断に関しても、その楽観的数値の印象を取り除くことができないまま、適切な判断がなされなくなるのです。
例えば、楽観的なベストケースに基づいて6カ月の納期で見積もられたプロジェクトが、現実的に見積もると1年かかるものだったとしても、最初に提示された6カ月が印象に残ります。プロジェクトが楽観的な計画通り進まなかったときに、6カ月という計画が間違っていたのではという議論になることはまれで「なぜ6カ月でできないのか」「どのようにしたら6カ月でできるようになるのか」という議論に終始しがちなのはこのアンカリングのバイアスが影響しています。
どうやって合理的に判断をするのか
残念ながら人間はこのような認知バイアスから完全に逃れることはできません。しかしながら、適切なフレームワークを使うことで、合理的な視点を判断に取り込むことができます。
カーネマン氏とロバロ氏によると、計画に外部情報を持ち込む、参照クラス予測(Reference Class Forecasting)が計画の誤謬の有効な治療法となると述べています。
参照クラス予測は、以下のステップで行います。
- 類似の過去プロジェクトを見つける。
- そのプロジェクトの統計データ(例:開発ボリュームに対する必要人員数、予算オーバーになったケースの比率など)を入手し、これに基づいて予測を作成する。
- 対象プロジェクトの固有の情報を検討し、他のプロジェクトに比べて、多少なりとも 楽観的に考えてよい理由が十分にある場合には、それに応じて基準予測を修正する。
たとえ、上記のような参照クラス予測ができなかったとしても、外部情報が必要になる単純な質問をすることにより、予測の客観性、信頼性が大幅に高まるという調査結果があります。
例えばある実験では、大学に入学したばかりの学生を2つのグループに分けて、自分の将来の学力をどのように評価するか調査しました。1つ目のグループの学生に「自分自身の将来の学力を他の同級生と比べて評価してください」と聞くと、84%の学生が同級生よりも優れた学力になると答えました。これはあり得ないことです。もうひとつの学生グループには、最初に「入学したときの点数」を聞き、そのあとに将来の自分の学力の予測を聞きました。そうすると、その学生グループの学力評価は20%下がったのです。それでも64%なので実際より楽観的な見積もりですが、最初のグループに比べると現実的な数字です。
外部情報を参照する質問により、楽観バイアスが薄れ、現実的な視点で予測できるようになったのです。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
残念ながら人間は認知バイアスを完全に取り除くことはできません。しかし、人間にはどのような認知バイアスがあるのかを知り、認知バイアスを防ぐためのフレームワークを使うことで、合理的な判断を促すことができます。
プロジェクトの計画・レビューをされるときに参考にしていただければ幸いです。
参考
- Dan Lovallo and Daniel Kahneman (2003) Delusions of Success: How Optimism Undermines Executives’ Decisions, Harvard Business Review July 2003
- Daniel Kahneman(2011) Thinking, Fast and Slow, Farrar, Straus and Giroux
- Paul Gibbons (2019) The Science of Organizational Change, Phronesis Media