米ゼネラル・エレクトリック(GE)は今月9日、会社全体を航空機エンジンと医療機器、電力の3事業に分割すると発表しました。2023年に医療機器、24年に電力部門を分社化します。

事業を多角化している複合企業(コングロマリット)の企業価値が、事業ごとの企業価値の合計よりも低く評価される「コングロマリット・ディスカウント」を避け、事業の専門性を高めて投資を呼び込むことを狙っての分社化だと言われています。

コングロマリット企業の分社化

かつて「20世紀最高の経営者」と称されたジャック・ウェルチの手腕により、世界的なコングロマリット企業として飛躍したGE。今回の分割は、そのGEのコングロマリットとしての歴史に終止符を打つことを意味します。

米国を象徴する企業GEに一体何が起こったのでしょうか?

GEの業績悪化の要因は複数ありますが、そのひとつにデジタルトランスフォーメーション(DX)の失敗が挙げられます。

GEは、2011年にハードウェアの製造販売ビジネスから、IoT(Internet of Thing)を使った産業用のデジタルプラットフォームビジネスへのシフトをビジョンとして打ち出し、「インダストリアル・インターネット」をキーワードに、デジタル変革に取り組み始めます。
デジタルを将来のビジネスの中心と位置づけ「2020年にソフト事業の売上高を150億ドルにし、ソフト会社として世界トップ10に入る」という大きな目標を掲げ、2012年から6年間で40億ドル(4400億円)を投資し、デジタルビジネスのため約5,500人を新規採用しましたが、デジタル変革の道のりは難航します。
ついに2019年、GEはデジタルビジネスを中核事業の定義から外し、デジタル事業を担っていたGEデジタルを本体からスピンオフ。デジタル部門の責任者だったビル・ルーはGEを去りました。それ以来、GEのデジタルビジネスはDXの失敗例として取り上げられています。

今回は、チェンジマネジメントの観点から、GEのDXがなぜ失敗したのか、成功させるためには何をすべきだったのかを解説します。

 

GEの歴史

GEは発明家トーマス・エジソンを源流とする設立129年の老舗企業で、元々は消費者向け製品や工業製品などの製造販売を行う総合電機メーカーでした。そのGEを世界的な多角的企業に育て上げたのは、1981年から2001年にかけて経営トップを務めたジャック・ウェルチです。

ウェルチ氏の有名な戦略は「ナンバー1、ナンバー2戦略」。市場で1位、2位でない事業は、再建か閉鎖か売却を行うことを徹底。「選択と集中(Focus)」という言葉は彼の経営手法から広まりました。この成長路線を追求する戦略により、彼は就任中の20年間で、GEの売上高を5倍、純利益を8倍、時価総額を30倍に伸ばし、「伝説の経営者」と評されました。

しかし、ウェルチ氏の経営手法には批判もありました。成果を出せない社員を解雇する「ランク制度」が過度の競争的な職場環境を生みだした、四半期ごとに結果を求める業績管理の徹底が短期志向を作り上げたなど、ウェルチ氏が今のGEの業績悪化を生みだした要因という見方もあります。いい面も悪い面も含め、ウェルチ氏が築き上げたものは、今でもGEのカルチャーに大きな影響を与えています。

ウェルチ氏の退任後、GEの経営は変調します。2001年、米同時テロの影響により主力の航空機エンジン事業が失速。さらに2008年の金融危機により、ウェルチ氏が育て上げた金融ビジネスGEキャピタルは瀕死の状態に。

ウェルチ氏の後任のジェフ・イメルト(2001-2017年までCEO)は、GEを立て直すための施策として新たな主力ビジネスの創出を検討。2011年頃からデジタルに着目します。

この頃、GEは2つの脅威にさらされていました。1つはコモディティ化。2000年代、技術革新や、グローバリゼーション、顧客ニーズの変化、世界経済の勢力図の変化などにより、GEの中核ビジネスであるハードウェアは、コモディティ化の脅威に直面。生き残るためには差別化が不可欠でした。

もうひとつの脅威は、アマゾン、グーグル、IBM、マイクロソフト、SAPなどのソフトウェアテクノロジー企業の製造業への台頭。イメルト氏は2011年に「情報分析をベースにした競合他社にハードウェア製品市場を奪われないために、GEはソフトウェアとアナリティクスの企業になる必要がある」と発言しています。もはやハードウェアを箱売りしているだけでは、激しい競争に打ち勝つことができないと感じていたのです。

彼は、GEが持つ膨大なハードウェアの導入実績、製造に関する専門知識や経験、既存顧客との関係性、そしてGEの規模を活かせば、競争優位に立てると考えました。その頃、製造業において、ITプラットフォームを占有するプレーヤーはまだいませんでした。そのため「いま製造業に必要なプラットフォームとアプリケーションをつくれば、製造業向けソフトウェア市場でトップの存在になれる」と確信したのです。

インダストリアルインターネットで製造業のIoTプラットフォームを目指す

目指したのは、製造業のマイクロソフト。マイクロソフトがウィンドウズOSの普及でコンピューター業界における戦略的ポジションを築いたように、産業界のIoT(Internet of Thing)プラットフォーマーというポジションを占有できれば、2025年までに11.1兆ドルの売上を見込めると考えていました。

デジタル変革の開始

GEは2011年にインダストリアル・インターネットへの取り組みを開始します。インダストリアル・インターネットとは、IoTを活用し、工場の機器から稼働データなどを収集してデータを分析し、運用・保守や次の製品開発に生かし、生産性の向上やコストの削減を支援する取り組みです。

このデジタルトランスフォーメーションを進めるにあたって、イメルト氏の一番の懸念は、GEの組織文化でした。GEのように成功した企業は、既存ビジネスに固執し、過去にうまくいったやり方に固持する傾向があります。GEには、ジャック・ウェルチが広めたシックス・シグマや製造業の考え方が根付いていました。つまり、物事を既定の枠に当てはめ、プロセスやオペレーションを改善し続ける。製品開発においては、市場に出す前に完璧なものを作る。このような考え方は、安定的な環境や既存の製造業ビジネスにおいては非常に重要ですが、常にテクノロジーの進化が起こり続けるデジタルの世界にはそぐわないものです。
デジタルにおいては、仮説を立てて、それを試して、学んでいく。試してみて、うまくいかなければ手を引く。リスクや失敗を恐れず挑戦する、そんなシリコンバレー的な考え方が必要になります。

GEの伝統的な文化がDXの足かせになることを避けるため、イメルト氏は、東海岸にある本社から遠く離れた、シリコンバレーに近いカリフォルニア州サンラモンにソフトウェアセンター(Center of Excellence)を設立。シリコンバレーを良く知る元シスコシステムズの幹部ビル・ルーをインダストリアル・インターネットの開発責任者として採用し、彼にセンターを任せます。

2013年GEは、アマゾンやグーグル、SAPなどのデジタルプラットフォーマーと真っ向から勝負できるプラットフォームの構築を目指し「Predix(プレディックス)」をリリース。Predixは、航空、製薬、電力、鉱業、製造、石油・ガスなどさまざまな業界において、産業機器などハードウェアをインターネットにつなげ、ビッグデータを収集・分析し、コスト削減、生産性向上などに貢献するプラットフォームと謳われました。

2015年には、GE社内に点在していたグローバルIT部門や各事業部のITチーム、セキュリティ部門をサンラモンのソフトウェアセンターに集約しGEデジタル(GE Digital)を創設。同社のCEOには、ビル・ルーが就任します。

シリコンバレーカルチャーをベースにしたソフトウェアセンター

GEデジタルでは、Predixプラットフォームや新しいソフトウェアの開発、顧客ごとのカスタマイズが可能な分析機能の開発を行いました。2012年から2016年にかけて、約5,500人がこの新部門に採用されます。そのほぼ全員がGEの既存IT人材ではなく、外部からの採用でした。

新しいビジネスモデルの構築

Predixのビジネスモデル構築において、GEには複数の選択肢がありました。
1つ目の選択肢は、新しいソフトウェアと分析サービスをハードウェアの販売にバンドルすることです。
2つ目は、Predixのライセンスを顧客に販売し、顧客がPredixを利用するためのコンサルティングを行うというものでした。GE の機器を導入する顧客企業に対して、GEの機器の利用を最適化するためのアドオンとして販売するというモデルです。
3つ目は最も革新的な選択肢で、顧客企業がPredixの利用で得た成果をベースに収益を得るというモデルです。このモデルでは、営業が顧客企業のビジネスを把握し、彼らのビジネスにおいてPredixプラットフォームが生み出すメリットを分析し、Predixによる生み出された利益を配分する契約を締結することになります。つまりPredixの導入リスクをGEが負い、顧客は設定した目標を達成した場合にのみ支払いを行うモデルです。GEはリスクを負う代わりに大きなマージンを得ることを狙い、この最も複雑な「成果ベース」モデルを選択しました。

Predix展開の大きな障壁

このPredixプラットフォームを軸にしたデジタル戦略は難航します。

営業活動における課題

成果ベースのモデルは、営業活動において難題を生みだしました。

  • 顧客が保持している情報を開示してもらわなければ、Predixで生みだせる価値を分析できないため、ハードウェア販売で必要としていたレベルをはるかに超える信頼関係を顧客と構築することが必要になる
  • 顧客に情報を開示してもらうためには、まずPredixの仕組みや導入効果を理解してもらわなければならないが、そのためには顧客のデジタルへの知識を高めることが必要になる
  • レベニューシェア契約は金額規模が大きくなるため、顧客企業内での上位レベルの決裁が必要となり、経営層へのアプローチが新たに求められる
  • 今まではハードを販売しているだけだった営業が、ビジネスコンサルティング、成果ベースの契約書作成、ソフトウェアのカスタマイズ、顧客との継続的なリレーションシップの構築など、様々な新たなタスクをこなす必要がある
デジタル変革、営業活動における課題

このような急激な営業モデルの変革についてこれない営業担当や、変革のビジョンにモチベーションを持てない営業担当が数多く出てきました。

GE内各事業部との軋轢

更に、PredixをGEの各事業部に展開するにあたって、各事業部のIT組織とGEデジタルの間で確執が生まれます。
既存ビジネスをサポートするために、IT組織は既存システムのインフラを維持する必要がありました。一方、Predixは既存のGEのシステムとは異なるプラットフォーム、アーキテクチャー、テクノロジーを使っており、各事業部の既存システムが必要とする機能がPredixにはないということが明らかになったのです。
GEデジタルのサンラモンの社員は大多数が外部からの採用だったため、GE組織内の人脈がなく、長年GEで働いている社員を説得し、協力を仰ぐことができませんでした。その結果、既存インフラにあまり依存していない事業部では導入できましたが、そうでない事業部では受け入れられず、社内でのPredix導入にばらつきが生じます。そして、それが社外への展開へのばらつきにつながりました。
さらに、Predix導入において技術的な問題が次々に起こります。その多くが非常に複雑な既存システムとの統合に関連するものでした。このような問題はデジタル改革のスケジュール遅延につながりなりました。

社内の抵抗・軋轢

顧客ニーズとの乖離

またGEのビジョンを顧客に売り込むことも予想以上に困難でした。多くの顧客はGEの提案を理解できず、組織的にも受け入れる土壌が整っていませんでした。

顧客の状況を理解するために、GEが非公式に、顧客企業のインダストリアル・インターネットの対応状況を調査したところ、ハードウェアはネットワークに接続されているがそのデータを活用していないと答えた顧客が63%、データを活用して競争力を高めていると答えた顧客が13%、予防保全(Condition Based Maintenance – 故障が起こっていない段階で、点検や修理、部品交換などを行い、故障や不具合が発生しないようにする活動)を行っていないと答えた顧客が63%という結果でした。

GEのお客様の多くは、インダストリアル・インターネットの可能性を理解するまでに至らず、GEの新しい手法を活用するためのインフラもなく、新しいアプローチの鍵となるデータ収集もしていませんでした。
GEは顧客が必要だと思っていないものを売ろうとしていたのです。

どのようなチェンジマネジメントを行うべきだったのか

GEのDXの失敗は明らかにチェンジマネジメントの失敗に起因しています。本来やるべきだったチェンジマネジメント施策をいくつかご紹介します。

社内・顧客を初期の段階で巻き込むべきだった

チェンジマネジメントでは、変革の初期の段階で、ステークホルダー分析を行います。
ステークホルダーとは、変革によって影響を受ける人たち、社員や顧客、取引先などです。
変革の影響を受ける人たちは誰か、どのような人が変革への影響力が強いのか、どのようなアプローチで変革を支持してもらうのかを分析するのです。

関係者を計画の段階から巻き込むことがチェンジマネジメントおいて重要

なぜステークホルダー分析を最初の段階で行うのか?

それは、変革を成功させるためには、誰にどのように協力してもらわなければならないかを明らかにし、キーとなる関係者を最初の段階から変革に巻き込むためです。

チェンジマネジメントのステークホルダー分析において、特に重きを置いているのは、変革をデザインするために必要な情報を持っている人たち。
GEの例でいうと、顧客、GEの営業、GEの各事業部のIT組織などが、必要な情報を持っている人たちだったと言えます。この人たちをないがしろにし、外部の人間を中心にPredixを開発したことが一番の失敗の要因だったと言えるでしょう。

実行可能なレベルの計画を立てるべきだった

人間は、どんなにビジョンに共感していても、進むべき道が険しすぎると、前に進むことができません。そのため、チェンジマネジメントでは、変革に関わる人たちが躊躇せず自信をもって前に進めるようエンゲージメント計画(関係者のエンゲージメントを高める計画=活動計画のようなもの)を策定します。

エンゲージメント計画で実行可能な活動計画を立てる

箱売り中心だった営業担当にとって、「成果ベース」のサービス販売はハードルが高過ぎたと言えます。たとえ、最終的なビジョンは成果ベースの利益創出だったとしても、段階的に進めるよう、まずは営業担当が実行できるレベルのモデルを選択し、クイックウィンを作り、徐々にビジョンにつなげていくというチェンジマネジメント戦略が必要でした。

組織の特性にあう変革をデザインすべきだった

チェンジマネジメントを行う場合、変革の難易度を許容できる組織変革力があるかを最初に分析します。例えば、今まで大きな変革を経験したことがない保守的な企業の場合、ドラスティックな変革を短い期間で推進することは非常に難しい。反対に、今まで様々な変化を受け入れてきたスタートアップのような変化への柔軟性が高い企業であれば、大きな変革を短期間で推進することは難しくないでしょう。
当たり前のことですが、変革を成功裏に収めるためには、その組織が対応できるレベルの変革をデザインする必要があります。素人がいきなりエベレスト登頂にトライしても無理なのと同じで、その組織にあった目標を立てないと実現は難しいのです。

組織の特性にあわせて変革をデザインする

GEの製造業での強みを活かすことを目的としたデジタル改革だったにもかかわらず、GEのカルチャーに変革を阻まれることを恐れ、外部からGEのノウハウも人脈も持たない人員を大量に採用し、本体から遠く離れたサンラモンで開発を進めました。残念ながら、非常に矛盾した戦略だったと言わざるを得ません。

GE社内に蓄積された経験・ナレッジ、人員を活かすのであれば、GEの組織の特性・カルチャーを踏まえた上で、それにあった変革をデザインする必要がありました。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

デジタルの世界は、今までのビジネスモデルとは全く違うアプローチが必要になります。特に、GEのようにこれまで成功してきた大企業にとって、考え方、文化の改革を求められるデジタルビジネスの世界で、成功を生みだすのは簡単ではありません。

DXをテクノロジーだけの課題だと捉えず、変革に必要と言われるPeople(人)、Process(プロセス・ルール)、Technology(システム・ツール)の観点から、どのようなチェンジマネジメントが必要なのかを設計することが、デジタル変革の成功への第一歩ではないでしょうか?

ご参考になれば幸いです。

参考