近年、グローバル化やテクノロジーの進化、顧客ニーズの多様化により、多くの企業が変革を余儀なくされています。そのような変化への適応力を高め、組織変革を成功に導くための手法がチェンジマネジメントです。
ここではチェンジマネジメントとは何か、なぜチェンジマネジメントが重要なのか、チェンジマネジメントの代表的なモデル、チェンジマネジメントの活動領域(ワークストリーム)などについてご説明します。
もくじ
チェンジマネジメントとは
チェンジマネジメントとは、組織が『現状』から『目指す姿』へ移行し、期待する成果を得るための変革推進手法です。体系的なアプローチを通じて、変化・変革による混乱や変化・変革への抵抗を最小限に抑え、変化・変⾰の影響を受ける人々が、いち早く新しい状態に適応できるように支援します。
端的に言うと、変化の人的側面を管理するのがチェンジマネジメントです。組織で何かしらの変化(システム、プロセス、カルチャー等の変化)を導入する際に、その変化に対する人の感情や、新しい状態で業務をするために必要となるスキル、働き方、価値観などを受け入れ、適応することを支援します。組織の変化・変革を成功させるためには、ただ単にシステムやプロセス、ルールなどのハード面を変えるだけでなく、関わる人々の心理的、文化的側面などソフト面を考慮し、彼らが新しい状況に順応し、変化を受け入れられるように促すことが不可欠なのです。
例えば、ある企業が新しいシステムを導入する場合、システム導入に必要な準備だけでなく、導入によって発生する業務プロセスの変化、役割の変化などを従業員が理解し、新しいシステムを効果的に使えるようにするためのトレーニングを行うことが「変化の人的側面を管理する」に含まれます。変化に対する従業員の不安や疑問を解消し、変化への抵抗を減らし、変化を積極的に受け入れるマインドセットを作り上げることをチェンジマネジメントを通じて目指します。

日本では、チェンジマネジメントを組織で体系的に取り入れているケースはそれほど多くありません。しかし、欧米では組織変革のディファクトスタンダードとして、多くの企業がチェンジマネジメントを採用しています。特にチェンジマネジメント先進国であるオーストラリアでは、チェンジマネジメントが非常に重要視されており、政府によって「職務遂行能力」として公式に認められ、国家能力基準に明記されています。変化・変革を成功させるためにはチェンジマネジメントが不可欠であるという考えは、グローバルでは一般的に広まっています。
なぜチェンジマネジメントが必要なのか
各種調査によると変革の失敗率は50-75%と言われています。失敗の主な理由は、変革への抵抗、自分事意識の欠落、変化への適応力不足など「人」の課題。根底にあるのは、どれほど優れた戦略や仕組みを導入しても、人が変われないとうまくいかないということです。
組織がどんなに優れた戦略や技術を導入したとしても、それを使う従業員が適応し、実際に活用しなければ、成果は得られません。戦略や技術の導入による効果を生み出すには、人の行動と意識の変化を促すことが不可欠です。そこで、チェンジマネジメントが重要な役割を果たします。
チェンジマネジメントがもたらす価値とは
組織の変化・変革においてチェンジマネジメントが重要である理由は、組織が直面するチェンジを効率的かつ効果的に管理し、成功に導くための枠組みを提供するからです。チェンジマネジメントを活用することで、組織の変化・変革をスムーズに進め、ROI(投資対効果)を最大化し、リスクを最小化し、継続的な変革適応力を高めることができます。
変化・変革の成功率を高め、ROI(投資対効果)を最大化する
多くのプロジェクトや取り組みでは、新しいシステムやプロセス、制度などの導入によって業務改善、コスト削減、エンゲージメント向上等を目指します。しかし、その成功は、従業員がどれだけ新しいやり方を受け入れ、実践できるかにかかっています。
つまり、人の適応度合いが変化・変革のROI(投資対効果)を左右するため、人の変化の適応を促進するチェンジマネジメントは不可欠となります。
例えば、新しい人事制度を導入する場合、どんなに素晴らしい制度を設計したとしても、それだけでは期待する成果は得られません。制度を導入する際、人の適応への考慮をなおざりにすると、管理職の理解不足による形骸的な運用、従業員の不安や混乱、社内コミュニケーションの停滞などが原因で、形だけの制度になりかねません。制度変更の成果を得るには、管理職、従業員が制度の背景を理解し、制度の意図にそって、日々の業務に適応する必要があります。
チェンジマネジメントでは、新しい仕組みが円滑に導入されるように、従業員の受け入れ準備を整え、適応を促進し、スムーズに活用できるよう支援するプロセスを組み込みます。これにより、組織全体で新しい仕組みを有効に活用できるようになり、ROI(投資対効果)を最大化することができます。
変化・変革による「人の課題」を体系的に管理し、リスクを最小化する
変化・変革は、従業員の業務プロセス、ツール、役割、思考様式、行動に大きな影響を与えます。そのため、変革を適切に管理しなければ、従業員の抵抗が高まり、変革が遅れたり、期待した効果が得られなかったりするリスクが生じます。例えば、業務プロセスの標準化を目的として新しい業務フローを導入した場合、現場の従業員が「これまでのやり方のほうが楽だ」と感じて元の業務手順に戻ってしまうケースがあります。
こうした問題を防ぐためには、変化・変革がどのような影響を及ぼし、どこで抵抗が発生するのかを体系的に分析し、それに応じた対策を講じることが重要です。チェンジマネジメントを適用することで、影響を受ける各部門ごとに適切なサポートを提供し、変革をスムーズに進めることができます。具体的には、変革の影響を事前に分析し、関係者ごとに適したトレーニングを提供したり、フィードバックの仕組みを整えたりすることで、従業員の不安を解消し、適応を促します。これにより、変化・変革による混乱を最小限に抑え、業務の停滞やモチベーションの低下を防ぐことができます。
体系的なアプローチで組織の「変革対応力」高める
かつての組織変革は、数年に一度の大規模な取り組みとして行われることが一般的でした。しかし、現代では、テクノロジーの進化、ビジネス環境の変化、規制の強化などにより、変革が常態化しています。企業は、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進、グローバル市場への適応など、同時に複数の変革を進めなければなりません。
こうした環境においては、特定のリーダーや個人のスキルに依存するのではなく、組織全体の変革対応力を高めることが不可欠です。チェンジマネジメントを適用することで、変革を管理する明確なプロセスや方法論を確立し、組織としての一貫したアプローチを構築できます。例えば、変革の際に活用する共通のフレームワークやガイドラインを整備し、従業員が変革に対する理解を深めることで、変革のたびに混乱が生じるのではなく、組織全体がスムーズに適応できる文化を育成できます。
さらに、組織全体で「変革を推進するためのスキルと知識」を体系的に学び、定着させることで、次の変革が必要になったときにも迅速に対応できるようになります。これにより、将来的な変化に対して柔軟に対応し、持続的な競争力を確保することができます。
チェンジマネジメントの3つのレベル
一般的にチェンジマネジメントには、以下の3つのレベルがあります。これらは組織の変化・変革を管理する際に異なる焦点を持ち、それぞれが変化・変革プロセスの成功に重要な役割を果たします。
個人のチェンジマネジメント(Change Management)
このレベルのチェンジマネジメントは、個々人が変化にどのように対応し、それを受け入れ、適応していくかに焦点を当てます。心理学や行動科学の原理を応用して、人々が新しいプロセス、ツール、役割に適応するために必要なサポートを提供します。このアプローチは、従業員の抵抗を減らし、変化に対する個人の準備と受け入れを促進することを目的としています。
組織のチェンジマネジメント(Organizational Change Management)
組織チェンジマネジメントは、プロジェクト、プログラム、その他企業の取り組み(例:新システム導入プロジェクト)において、人と組織を現状から目指す姿へと移行させることにフォーカスしています。ここでは、組織の戦略、構造、プロセスのチェンジを通じて、対象組織が一丸となってチェンジに取り組むための枠組みやアプローチが採用されます。コミュニケーション計画、ステークホルダー(従業員等の関係者)エンゲージメント、トレーニング、サポートなど、組織レベルでのチェンジの受け入れを支援するさまざまな活動が含まれます。このレベルの目的は、組織がチェンジを効率的に受け入れ、組織の目標を達成することです。
変革的なチェンジマネジメント(Transformational Change Management)
変革的チェンジマネジメントは、組織が根本的なチェンジを実施する際に必要となる手法です。これは、組織の基本的な価値観、カルチャー、事業モデルの変更を伴うような、大規模で抜本的なチェンジを指します。変革的チェンジマネジメントは、組織が新しいビジネス環境に適応し、持続可能な成長を達成するために必要な、より戦略的かつ総合的なアプローチを提供します。
代表的なチェンジマネジメントモデル/フレームワーク
チェンジマネジメントには様々なモデルが存在します。ここでは、代表的なチェンジマネジメントモデルをご紹介します。
レヴィンの3段階モデル
社会心理学の父、クルト・レヴィンは世界で初めてチェンジマネジメントのモデルを考案した研究者としても知られています。彼は、レヴィンは変革の成功には以下の3つのステップが必要だと述べています。
ステップ1: 凍結解除(Unfreezing)
ステップ2:移動(Moving)
ステップ3:再凍結(Freezing)
彼のこのモデルは多くのチェンジマネジメントモデルのテンプレートになっています。
悲しみを受け入れるプロセス(チェンジカーブ)
精神科医のキューブラー・ロスは、人が予期せぬ大きな変化を受け入れる心理的プロセスを5つの段階(否認、怒り、取引、落ち込み、受容)で定義しました。このプロセスは「悲しみを受け入れるプロセス」と言われています。このモデルが定義されたのは50年ほど前ですが、今でもチェンジマネジメントといえば必ず出てくるモデルです。
ブリッジズのトランジション理論
米国の組織コンサルタントであり「変化」の権威として知られるウィリアム・ブリッジズは、人が変化を受け入れるプロセスをトランジションとし、そのフェーズを、1. 終わり、2. ニュートラルゾーン、3. 新たな始まりの3つの過程で定義しています。彼の理論は、チェンジはプロセスであること、一番難しいのは今を終わらせる(手放す)ことであること、トランジションは、喪失感を感じさせるプロセスであることを教えてくれ、発表から30年以上経った今もチェンジマネジメントの現場で活用されています。
コッターの変革推進の8段階のプロセス
ハーバード大学教授ジョン・コッターは組織変革のプロセスを以下の8段階で定義しました。
- 危機意識を高める
- 変革推進チームを結成する
- ビジョンの策定
- ビジョンの伝達
- 社員のビジョン実現へのサポート
- 短期的成果を上げるための計画策定・実行
- 改善成果の定着と更なる変革の実現
- 新しいアプローチを根付かせる
彼のモデルは、直線的なひとつの大きな変革を想定していて、今の時代のように複数の変化が連続して起こる場合には使えないと揶揄されることもありますが、変革に必要な要素を分かり易く教えてくれるモデルです。
上記のモデルは、チェンジマネジメントの基礎を理解する上で非常に有用ですが、実際の変革の現場では、これらのモデル・フレームワークをどのように適用するかが鍵となります。特に、組織ごとの状況や文化に応じた実践的なツールや手法を活用することが重要です。
チェンジマネジメントの活動領域
変革を組織に根付かせ、持続的な成果を生み出すためには、計画的なアプローチが必要です。ここでは、変化・変革を成功に導くためのチェンジマネジメントの6つの主要活動領域(ワークストリーム)をご紹介します。
ビジョンとロードマップ
変化・変革を成功させるために欠かせないのは、明確なビジョンを設定し、その達成までの道筋を明確に示すことです。変化・変革の目的は何か、変革後の組織のあるべき姿はどう定義されるのか、どのようなプロセスを経てそこに到達するのかを、関係者全員が統一された理解を持てるように具体的に定義します。
このビジョンとロードマップは、組織の変化・変革のプロセスにおいて、すべてのステークホルダー(従業員を含む関係者)が変化・変革の意図を正しく理解し、一貫した行動を取るための指針となります。どこを目指し、どのように進めるのかを明確にすることで、認識のズレや解釈の違いによる混乱を防ぎ、変化・変革を効果的に推進できます。
チェンジマネジメントでは、変化・変革のビジョンを関係者に明確に伝え、組織全体で統一した理解を持てるよう支援します。また、変化・変革が単なる「計画」ではなく、「実行できるロードマップ」になるように、関係者の意見を取り入れながら強化する活動を実施します。
スポンサーシップとリーダーシップ
変革の推進には、経営層やリーダーが積極的に関与し、組織全体を巻き込むことが不可欠です。リーダーが変革の必要性を強く訴え、明確なメッセージを発信することで、従業員の納得感や共感を高めることができます。また、スポンサーシップとは、単に変革を指示するだけではなく、リーダー自らが模範を示し、現場の障害を取り除きながら支援することを指します。
チェンジマネジメントでは、リーダーが変化・変革の推進者として適切な役割を果たせるように、具体的なアクションを提示し、スポンサーの影響力を最大化します。また、経営層が現場の課題を理解し、適切な支援を提供できるよう橋渡しをします。
ステークホルダーエンゲージメント
多くの場合、組織の変化・変革では、複数の関係者が関わるため、ステークホルダーとの適切な関わり方を設計することが重要です。変革の影響を受ける部門、従業員、マネジメント層、それぞれの関心や懸念を理解し、適切な情報提供や対話を行う必要があります。エンゲージメントが不十分だと、変革への抵抗が強まり、組織全体の進行が遅れる原因になります。 双方向の対話を重視し、関係者を巻き込むことが、成功への鍵となります。チェンジマネジメントでは、意図的にステークホルダーのエンゲージメントを向上するための施策を打ち、関係者の変革へのコミットメントを高めます。
コミュニケーション
変化・変革において最も重要な要素の一つが、適切なコミュニケーションです。変化・変革が組織にどのような影響を与えるのか、なぜ必要なのか、どのように進められるのかを明確に伝えなければ、従業員の不安や誤解を招く可能性があります。効果的なコミュニケーションでは、単なる情報伝達ではなく、対話を促し、従業員が変革の意義を理解し、自ら行動できるようサポートすることが重要です。メールやミーティングだけでなく、ワークショップやタウンホールミーティングなど、多様な手段を活用することで、より広い層に影響を与えられるよう、チェンジマネジメントでは戦略的にコミュニケーションをデザインします。
教育と学習サポート
新しい仕組みや業務プロセスの導入には、知識やスキルの習得だけでなく、働き方等、行動様式を変えることも不可欠です。チェンジマネジメントでは、従業員が新しい働き方を実践できるよう、トレーニングだけでなく、実務に活かせる学習機会や支援を提供します。
従業員が「できるようになる」には、日々の業務の中で自然に行動変容が促される仕組みを整えることが重要です。チェンジマネジメントは、新しい行動を定着させ、変化をスムーズに受け入れる環境を作ることを支援します。
受入状況や成果のモニタリング・定着化
変化・変革を一時的な施策で終わらせず、期待する成果を確実に得るためには、導入後のモニタリングと継続的な改善が不可欠です。単に変革を実施するだけでなく、事前に成果を明確に定義し、ROI(投資対効果)を最大限に引き出すまでのプロセスを管理することが重要です。
定着状況を定期的に確認し、必要に応じて追加施策を講じることで、変革の持続性を確保します。また、成功事例を共有し、成果を可視化することで、組織全体の変革推進力を高めることができます。チェンジマネジメントは、変革が単なる導入で終わらず、実際の業務改善やパフォーマンス向上につながるまでを支援します。
進化するチェンジマネジメント
従来のチェンジマネジメントは、プロセスやフレームワークの構築に重点を置き、変化・変革を体系的に管理することが主流でした。しかし、ビジネス環境の複雑化と変化のスピードの加速に伴い、より柔軟で実践的なアプローチに進化しています。
特に、変化・変革が次々と続くことで従業員が疲弊し、モチベーションが低下する「変革疲れ」が、多くの組織で課題となっています。これに対応するため、最近のチェンジマネジメントでは、従業員の心理的な負担を考慮しながら、持続可能な変革を実現するアプローチが注目されています。
人の行動変容に焦点を当てたアプローチ
従来型のチェンジマネジメントは、計画の策定やデータ分析に重点を置き、変化や変革を「管理する」ことに主眼が置かれてきました。しかし、このやり方だけでは、実際に人が行動を変え、新しいやり方を受け入れることが難しいという課題があります。
そこで近年は、人の行動や心理に働きかけるアプローチが注目されています。たとえば、脳神経科学に基づく知見を活用し、人が変化を受け入れやすい状況をつくる、また、ストーリーテリングやコーチングの手法を取り入れ、従業員一人ひとりが主体的に変化に関わり、学びながら成長していける環境を整えるといった取り組みが重視されています。
このように、単に計画を立てるだけではなく、人の内面に目を向け、行動変容を支援する包括的なアプローチが、現代のチェンジマネジメントには欠かせないのです。
まとめ
現代の企業は、急速な市場変化やテクノロジーの進化に対応しながら、継続的に変化・変革を進めることが求められています。 しかし、どれほど優れた戦略やシステムを導入しても、それを使う「人」が適応できなければ、期待する成果は得られません。
そのため、変化・変革の「人的側面」に焦点を当て、従業員が新しい仕組みに適応し、行動を変えられるよう支援することが不可欠です。 チェンジマネジメントは、このプロセスを体系的に管理し、組織全体の変革対応力を強化するための手法です。
チェンジマネジメントを適用することで、次のようなメリットが得られます。
✔ 変化・変革の成功率を高め、ROI(投資対効果)を最大化できる
✔ 変化・変革に伴う「人の課題」を体系的に管理し、リスクを最小化できる
✔ 組織の変革対応力を強化し、継続的な成長を実現できる
特に近年では、人の行動変容を促すために、より実践的なチェンジマネジメントが求められています。
組織が持続的に成長するためには、従業員が変革を前向きに受け入れ、実行できる環境を整えることが重要です。 今後、チェンジマネジメントはますます組織の競争力を高めるための必須スキルとなるでしょう。
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