「変革推進にはストーリーテリングが有用である。今の時代、起業家として成功したければ、ストーリーテラー(物語の語り手)でなくてはいけない」
これは、ヴァージン・グループの会長でありイギリスの富豪のリチャード・ブランソン氏の言葉です。
ブランソン氏が言う通り、古くはマーティン・ルーサー・キングやジョン・F・ケネディ、スティーブ・ジョブズ、最近ではテスラのイーロン・マスクなど、多くの名だたるリーダーは、心に響くストーリーを語り、人を動かし偉業を成し遂げています。
近年、神経科学おいてストーリーテリングの効果が実証されており、今やストーリーテリングは多くのリーダーが実践する必須スキルです。
チェンジマネジメントにおいても、社員の変革への抵抗を抑え、社員にチェンジ(変革・変化)へのコミットメントを高めてもらうために、多くの場面でストーリーテリングのスキルを使います。
今回は、神経科学の観点から見たストーリーテリングの効果、ストーリーの構成、およびストーリーテリングを行う上でのポイントについてお伝えいたします。
ストーリーテリングとは
ストーリーテリングとは、体験談やエピソードなどのストーリーを用いて相手に伝える手法です。古くから人間は、教育、文化、道徳倫理などを共有するツールとして、ストーリーを使っていました。私たちが子供の頃から慣れ親しんでいるストーリーは、心を動かし、話への理解を深める効果があるため、いまビジネスの世界においても、多くのシーンで使われています。
ストーリーテリングの型は日本でも古くから使われていました。例えば、落語の起源と言われている仏教のお説教(法話)。その昔、浄土真宗では仏教を広めるために、仏教に馴染みがない民衆に伝わりやすいよう、仏教のストーリーを「初めしんみり、中おかしく、しまい尊く言い習わし」という型を使って伝えていました。静かに語りだし、途中で聴衆が退屈しないよう面白い話を入れ、最後には尊い「仏の教え」で終わる。この「中おかしく」の部分を発展させたものが現在の「落語」だと言われています。この頃から人を動かすために、ストーリーは欠かせないということが認知されていたのです。
神経科学の観点からのストーリーの力
近年、様々な神経科学の調査において、ストーリーの効果が説明されています。その中から代表的なものを2つお伝えします。
ストーリーが体験として脳の中で再構築される
通常、会議や講義などで人の話を聞いているとき、脳の領野で主に動くのは、他人の言語を理解する働きをする「ウェルニッケ野」と言語処理や音声言語に関わる「ブローカ野」の2つです。
しかし、それがストーリーになると、前頭葉や頭頂葉を含む脳の高次の領野が活性化します。聞き手が、話し手の体験を脳の中で再構築し、ミラーリングの作用が起こり、話し手と聞き手の脳波が同調するのです。これを脳波同調と言います。調査によると、話し手の脳波と聞き手の脳波が似ていれば似ているほど、コミュニケーションがうまくいくそうです。話への理解が深まり、より記憶に残るのです。
脳の科学物質が行動を変える
神経経済学者のポール・ザックの研究によると、人間は、苦悩を感じるストーリーを聞くと、人の意識を重要なものに向けさせるホルモン「コルチゾール」を分泌し、人とのつながりを感じるようなストーリーでは、思いやりや共感に関連する物質 「 オキシトシン」を分泌します。
ある実験で、被験者に「余命短い脳腫瘍患者の幼い子供とその父の切ないストーリー」の映像を見せたところ、コルチゾールとオキシトシンの分泌が見られました。さらにその映像を見せたあと、被験者に見知らぬ人への寄付をお願いしたところ、オキシトシンとコルチゾールの分泌量が多い被験者のほうが、寄付をする割合が高いという結果になりました。ストーリーによって分泌される物質が人の言動に大きく影響を与えたのです。