背景

あるグローバルの製造販売会社が、市場変動に対する迅速な対応力を向上させるために、S&OP(Sales and Operations Planning:販売事業計画)プロセスの導入を決定。

この企業は、需要予測の不確実性が高まるなか、在庫過多や欠品による収益へのインパクトを最小化することを目指し、S&OPのプロセスを新たに設計し、システムを導入するというプロジェクトを立ち上げました。

課題

この企業では導入にあたって、次のような課題がありました。

各販売会社と製造側の足並み揃え

これまで各販売会社と製造側は各々別々のシステムやツール(エクセルシート)を使って、需要予測、販売計画、生産計画を立てていました。各販売会社・製造側それぞれ異なるプロセスを全社共通のプロセスにするということは、業務への影響度合いが大きく、また各関係者の足並み揃えが必要になるため、難航することが想定されていました。

経営トップと現場との温度差

「このままでは競争優位性が失われる」と危機感を抱いている経営トップのメッセージが末端まで伝わっておらず、社員の変革に対する自分事意識が醸成されていなかったため、現場が現状維持に固執することが想定されていました。

新しいコンセプトへの適応

S&OPという新しいコンセプト(プロセス、役割、用語、KPI等)がこれまでのものと違うため、全く新しいものを受け入れることによる不安や抵抗が想定されていました。

新システムへの適応

現場の多くは、長年エクセルで計画を立ててきたため、システムを使うことへの不安やスキルギャップが発生することが想定されました。また、これまでベテラン社員の属人的なナレッジに依存してきたため、そのナレッジを明文化してシステム化する難しさがありました。

また、この企業では、過去に需要予測・生産計画ツールの導入でうまくいかなかった経験があり、スピード感を保ちながら、人の課題のリスクは最小化したいという想いがありました。

チェンジマネジメントの主なアプローチ

上記の課題を解決するために、この企業ではPMO(プロジェクト事務局)内にチェンジマネジメント担当を設け、戦略的にチェンジマネジメントを実施しました。

主に行ったチェンジマネジメントは以下の通りです。

ステークホルダー分析とエンゲージメント計画

ステークホルダー(関係者・社員)分析等を行い、押さえるべきキーパーソンおよびそのほかのステークホルダーへのアプローチを決定。その分析結果を基にステークホルダーエンゲージメント計画をたて、その計画をベースに活動を推進。

影響力の大きい各販売会社や製造側のリーダークラスに関しては、早い段階からビジョンを共有し、同じゴールを目指すため、丁寧に1対1でコミュニケーションを重ね、リーダーの懸念や想いを聴き、共に進める体制を構築。

チェンジマネジメントでチームが一つの方向性に向かって進む

また、計画プロセスに対してノウハウを持っている社員やこれからのS&OPプロセスでキーとなるメンバーと共に早い段階でワークショップを実施し、チームビルディングおよび目指す姿の共有を行いました。さらに、オペレーションのなかで、重要な要素をあらかじめ挙げてもらい、その結果を基にシステム選定を実施。ツールの柔軟性が高く、販社毎に調整できる余地があることや、予測の結果がブラックボックス化しないこと、エクセルのようなユーザーインターフェースで操作できることなどを重要要素と定め、関係各社・組織の意見を取り入れつつ、意見が発散せずに円滑に合意に至れるよう工夫をしました。

コミュニケーション計画

ステークホルダー分析を行った結果、必要となるコミュニケーションや、コミュニケーションの媒体等を明確にし、プロジェクトを通じて必要となるコミュニケーション計画を策定。

各ステークホルダーに伝わるコミュニケーションを設計し、変革へのコミットメントを高め、新しい業務への準備が整うようにしました。

多忙な社員が多いことを踏まえ、受け手に伝わるコミュニケーションを実施するために、忙しくても見てもらいやすいようなコミュニケーションのツールを選択したり、ステークホルダーグループ毎に情報をまとめ、受け手が欲しい情報がすぐ手に入るような工夫をしました。

プロジェクト推進側と現場側という二方向のコミュニケーションだけでなく、現場の人たち同士でコミュニケーションができる場を設け、チーム全体で関係性をつくることにもこだわって進めました。

トレーニングと教育

チェンジマネジメントのためのトレーニング

ステークホルダーの役割や変化によって受ける影響度等に応じて、S&OPプロセスに関するワークショップやトレーニングを実施。

また早い段階から、新プロセス・システムに慣れ親しむ機会を複数回設け、新しいものに対する不安を取り除き、導入前にできるようになってもらえるよう工夫をしました。

また、特に重要なプロセスを担っているメンバーに対しては、トレーニング後にフォローアップやコーチングを実施。社員が安心して新しい業務を実施できるようにサポートしました。

フィードバックと改善

定期的に社員からのフィードバックを収集し、その声をもとにプロジェクトのアプローチや、プロセス・システムの改善を行いました。

特にプロジェクトコミュニケーションが想定通り伝わっているか、社員のコミットメントが高まっているか、導入にあたって不安などがないかなどソフト面の課題がないかを拾い上げ、必要に応じてチェンジマネジメント施策を追加し、人の課題によるリスク管理を徹底しました。

プロジェクトにおけるスポンサー(プロジェクトの責任者)のリーダーシップ

各関係者の業務の要である計画のやり方を変えるというのは容易なことではなく、ときに販売側と製造側の間で食い違いが発生することがあります。そのようなときに要になるのは、プロジェクト全体責任者であるスポンサー(役員レベル)のリーダーシップです。特にS&OPのような経営の意思決定が必要になるプロセスを構築するためには、スポンサーが方向性を指し示し、異なる意見があるなか、プロジェクトの意思決定をし、クリティカルな軋轢が生まれないように、トップレベルで調整していただく必要があります。

チェンジマネジメントの成功にはリーダーの存在が不可欠

そのため、本プロジェクトでは、あらかじめスポンサーの役割やアクションを伝え、スポンサーにプロジェクトにコミットしてもらえるように調整しました。また、お忙しいスポンサーに効率的にアクションしていただくために、プロジェクトにおいて何にフォーカスすべきか、どこを押さえればリスクが最少化するのかを事前に分析し、最少の時間で最大の効果が出せるように工夫しました。

導入効果

この企業では、プロジェクト推進において計画的にチェンジマネジメントを実践し、人のチェンジの受け入れを促進したことで、大きな問題なくS&OPを導入することができました。それにより、以下のような効果を実現しました。

計画精度向上/経営へのマイナス影響の最小化

これまでは、各販売会社・製造側で各々別の予測・計画システム/ツールを持ち、各々で計画を立てていたので、データを一元的に見ることができませんでした。その結果、販売側と製造側が各々が相手側の情報が十分にないまま計画を立てるため、互いがもしものことを考えて、計画を多めに算出するということが起こり、ブルウィップ効果で予測が大きくずれて経営にインパクトを与えるということもありました。

しかし、丁寧にチームビルディングなど行いながらS&OP導入をチームとして進めたことにより、互いの状況を理解し、同じデータ、共通のKPI、共通のシナリオで語れるようになったため、横断的なコミュニケーションがスムーズになりました。またシナリオ毎の財務インパクトが把握できるようになったため、皆が個々の業務にフォーカスするのではなく、全社視点で計画を立てられるようになりました。

組織横断的に共通のシナリオで語れる

業務の効率化

これまで多くのチームがエクセルで計画を立てており、それをマニュアルで集計していたため、ときに人的なミスで計画の数字に間違いが発生するということが起こっていました。

またデータがシームレスにつながっておらず、統合計画の作成にはマニュアル作業があったため、必要な情報が準備できるまでに時間がかかっていましたが、マニュアルで行っていたことをシステム化したことにより、大幅にスピードが上がり、作業量が低減しました。

チェンジマネジメント活動を通じて、初期の段階から社員が来るべき業務の準備ができたこと、業務の懸念点を設計の段階から提示することができたこと、S&OP導入後の状況が現状と大きくかけ離れないように留意したことにより、社員がスムーズに変化を受け入れることができました。

社員の変化への自信

これまでは現行踏襲の色が強い組織カルチャーでしたが、チェンジマネジメント通じて、関係する社員ひとりひとりが自分たちがプロセスを設計し、その結果を肌身で感じるということを体験することで、「自分たちは変われる」という自信につながりました。特に、ワークショップやその他のプロジェクト活動を通じて、心理的安全性を確保し、自由に発言できる場を構築することを大切にしながら進めたため、自分の意見がチームに受け入れてもらえるという体験が積極性を生み出したと考えています。

当協会では様々なチェンジマネジメント支援を行っております。お気軽にご相談ください。