星野リゾートが、軽井沢のローカル企業から日本各地でリゾート施設を運営する企業へと飛躍した背景には、星野佳路社長が実践した「教書通りの経営」があります。

星野社長は、経営課題に直面するたびに、米国のビジネススクールの教授陣が書いた経営の名著を読み、解決する方法を考えてこられたそうです。

その星野社長の実践は、同じくハーバード等のビジネススクールの教授によって体系化されたチェンジマネジメントの手法との共通点がたくさんあります。

今回はその中でも、チェンジマネジメントの方法論において必ずでてくる変革の成功の鍵「WHY(ビジョンとそこに向かう理由)を伝える」を星野社長の実践を例にご説明します。

古い体質の会社だった星野リゾート

星野社長は、1991年にお父様から星野リゾートの経営を引き継ぎトップに就任されました。当時はバブル経済のピークで、日本各地で新しい施設が登場、外資系リゾート会社の日本進出も始まろうとしており、経営環境の劇的な変化が予想されていました。しかし会社の体質は古いまま。

起こりうる変化の荒波に備えるため、星野社長は事業の在り方を抜本から見直し、改革を推し進めました。しかし、人材が集まらない、社員が改革を受け入れられず次々と辞めていくなど「人」に関する問題が発生。

スタッフが定着しなければ、しっかりしたサービスは提供できず、顧客満足度は上がらず、売上も伸ばせない。大きな課題に直面した星野社長は、徹底的にやり方を見直されました。

そのひとつが「WHY(ビジョンとそこに向かう理由)を伝える」です。

きっかけは新卒者向け就職説明会

きっかけは新卒者の合同就職説明会。説明会に参加しても、当時軽井沢のローカル企業だった星野リゾートに興味を持ってくれる学生はほとんどいませんでした。

そこで星野社長は発想を変えます。

「会社の現状をどれだけ語ったとしても魅力を感じてもらえないならば、会社の将来についての話をしよう。今は残念ながらこういう状態だ。しかし、目指す将来像に向かって最短距離で進む。そう語れば、関心を持ってもらえるのではないか」

そして、会社の将来像をわかりやすく伝えるために「リゾート運営の達人」という経営ビジョンを定めます。

明快で魅力的な経営ビジョンを語る星野社長の姿は、学生の興味を惹きつけました。

経営ビジョンを伝えるオリジナルグッズ

人を動かすために経営ビジョンが重要だということを認識した星野社長は、社員に対して事あるごとに経営ビジョンを語るようになります。

社員に、経営ビジョンに興味を持ち覚えてもらうために、オリジナルのグッズも考案。例えば、星野リゾート目覚まし時計。アラームの代わりに星野社長の声で「リゾート運営の達人を目指して、今日も一日頑張りましょう」というメッセージが流れます。また、「リゾート運営の達人」と印刷されているマグカップも作りました。こうしたグッズを、毎月開く社員の誕生日会などで、プレゼントとして配布します。

「経営ビジョンをまじめに語ることも重要だが、忘れないようにとにかく印象に残ることも大切。グッズなどは、ばかばかしく見えるかもしれないが、楽しみながら経営ビジョンを覚えてもらえる」と星野社長は語ります。

ビジョンを伝え続ける

毎年1回全社員が集まる「全社員研修」でも、星野社長は具体的な経営戦略を語る中で、「リゾート運営の達人」という経営ビジョンを何度も繰り返し伝えます。

日々の運営の中でもしかり。例えばリゾナーレの再生。元々リゾナーレは大手流通グループが経営していましたが、バブル崩壊で経営が行き詰まり、2001年星野リゾートが再生に着手しました。そのとき、星野社長はリゾナーレの社員に対して直接リゾート経営の達人の話をしたのです。

リゾナーレの政井茂総料理長によると、

「そのとき私は調理の担当者だった。正直に言えば、経営なんて関係がないと感じた」。が、経営ビジョンを何度も繰り返し聞かされ、グッズに触れるうちに、考えが変わった。「経営ビジョンがあるからスタッフが価値観を共有できる」と気づいた。

政井さんは、今では経営ビジョンを軸にすべてを発想されるそうです。「経営ビジョンを実現するために、調理はどうあるべきか」「メニューはどうするのか」と。

社員にビジョンが浸透したリゾナーレは見事黒字に転換しました。

まとめ

星野リゾートはコロナで旅行業界が甚大な影響を受けた2020年においても、早い段階でwithコロナを見据えた新しい旅の在り方を提案し、2020年4月に一旦業績は落ち込みましたが、その後V字回復を遂げています。経営ビジョンを共有により、社員一人一人が同じ価値観を共有していることが、変化へのしなやかさを醸成していると言えるでしょう。

WHY(ビジョンとそこに向かう理由)を伝えることは、人を動かし、変革を達成するための基本のキです。

ですが、ビジョンは一朝一夕で伝わるものではなく忍耐が必要なため、多くのリーダーは、システム導入やプロセス改善など、何をするのか(WHAT)やどう実現するのか(HOW)にフォーカスしがちです。

しかし、ビジョンが組織内で一致しなければ、同じゴールに向かって進むことができず、必ず課題が発生します。

組織で何かを変えるとき、プロジェクトを推進するときは、ぜひ星野社長の実践を参考にしてみてください。

参考