先週1月19日の日経新聞朝刊に「DXの壁 中間管理職? 40代『関わりたくない』4割」という見出しの記事が載っていました。
記事によると、人事評価システムのIGS社が実施した意識調査で、40代の38%が「DXやデジタルビジネスに関わりたくない」と回答。この比率は20~30代の若手や50~60代を上回り、世代別で最多だそうです。
記事では、
- 中間管理職は短期で成果を求められることに加え、失敗しても挑戦を評価する人事制度がないことが少なくない
- 40代は自ら業務をこなしながら、部下の育成や労務管理をするプレイングマネージャーが多い
- 子育てや介護もあり、成果が出るまで時間がかかるDXに時間を割く余裕がない
などを指摘しています。
記事が指摘する通り、DXに限らず、このようなケースは変革において頻繁に見受けられます。
- 上から「とにかくDXをやれ」と丸投げされるが何をやったらいいのかわからない
- 通常業務だけでも手一杯なのに、プロジェクトを推進しなければいけない
- 十分な人材や予算を与えられないのに、失敗すると責任を取らされる
など、中間管理職の負担ばかりが増え、それが結果的に抵抗につながって、変革がうまくいかないことは多々あるため、チェンジマネジメントでは、このような状況を未然に防ぐように対策を打ちます。
特に注力するのは、中間管理職の方々をサポートすることです。
チェンジマネジメントでは、中間管理職が組織変革を成功に導くキーであると考え、彼らの抵抗をいかに抑え、コミットメントをいかに高めるかを体系的に計画します。
例えば、変革を進めるために何から始めていいかわからない、社内抵抗にどう対処すればいいのかわからないと考えている方には、そのプロセス・手法をお伝えする必要がありますし、
通常業務と変革プロジェクト業務で負担が大きくなっている場合は、その負担を軽減する策が必要になります。
チェンジマネジメントでは、このような中間管理が抱える問題を属人的に解決すべき課題とするのではなく、組織として解決すべき課題だと考え、彼らをサポートするチームの設置を変革プロセスのひとつとして定義しています。
特に最近欧米では、継続的に組織を変革し続けることができる体制が必須と考えてられており、多くの企業で、変革を推進する主要ファクターとして、チェンジマネジメントの専門部隊「チェンジマネジメントオフィス(CMO)」を、定常的な正式組織として設置しています。
今回は、この「チェンジマネジメントオフィス」がテーマです。
昨年12月に、CMI(Change Management Institute)という国際的なチェンジマネジメント組織のUKバッキンガムシャーチャプターが、「効果的なチェンジマネジメントオフィス(CMO)の構築と運営」というセミナーを開催しました。
セミナーでは、変革能力開発の専門家 リチャード・ニュートン氏が、スポンサーの獲得や十分な予算の確保といった問題から、CMOで成果を上げる方法まで、CMOの立ち上げや組織強化に関わる検討事項や課題が共有されましたので、今回はこのセミナーから得た学びをお伝えします。
チェンジマネジメントオフィス(Change Management Office)とは
セミナーのお話の前に、チェンジマネジメントオフィスについてご説明します。
チェンジマネジメントオフィスとは、チェンジマネジメントのメソッド、ツール、ベストプラクティス、アドバイスなどを提供し、組織のチェンジマネジメントの成熟度を高めるために支援・推進する組織です。
チェンジマネジメントは、以前はプロジェクト毎に個別に実施されることが多かったのですが、特にここ5年ほどは、組織としてのチェンジマネジメント能力を高めるために、チェンジマネジメントの仕組みを全社で導入する動きが広まっています。チェンジマネジメントオフィスは、その仕組みの中核を担っています。
背景には、特に従業員数百名以上の規模の企業において、激しい環境変化に対応するために、
- 並行して複数の変革プロジェクトが社内で走る
- 以前は年単位レベルのスピード感だったが、いまは月単位・週単位で成果が求められるようになっている
- 社員が、複数の変革プロジェクトを同時に進めなければならず負荷が高くなっている
ということがあります。
組織のリソース(ヒト・モノ・カネ)を最適に配置し、最も効果的なやり方で変革を進め、変革の成果を最大化するためには、
- 組織にとって最も効果が高いチェンジマネジメントプラクティスを導入する
- 組織全体で、複数の変革活動・成果の状況を統合して管理できるようにする
- 組織として複数の変革活動の優先順位をつけて、社員に負担がかかり過ぎないようにする
などを、実施する必要があり、それらの推進を担うのがチェンジマネジメントオフィスです。
チェンジマネジメントオフィスの役割は、組織やオフィスの規模、他の部署との関係性などで異なります。しかし共通しているのは、「組織のチェンジマネジメントの成熟度を高める」ということ。
ニュートン氏は、これまで数々のチェンジマネジメントオフィスの設立・運営に関わられています。その経験から得られたベストプラクティスをセミナーで共有されたので、次の章から、その内容のサマリーをご紹介いたします。
CMOとPMO(プロジェクトマネジメントオフィス)の違い
チェンジマネジメントオフィスを理解するには、PMO(プロジェクトマネジメントオフィス)やTMO(トランスフォーメーションマネジメントオフィス)との比較がわかりやすいので、まずはそれぞれの定義をご説明します。
CMO、PMO、TMOの役割の境界線は明確ではなく、組織によって異なりますが、以下が主な違いです。
PMO:
多くの場合、新しいシステムやプロセスのデリバリーにフォーカスします。つまり決められたリソースやスケジュールで、チェンジを導入することを管理します。サプライ側のマネジメントと言えるでしょう。
CMO:
デマンド側(チェンジを受け入れる側)のマネジメントと言えます。
チェンジがどのように組織内の「人」に影響するかを考え、
- どのように変化を導入するか
- どのようにして変革のベネフィットを生みだすのか
- どのように期待する結果を得るのか
を計画し、ゴール達成へと導く役割です。
TMO:
通常、CMOとPMO両方の要素を持っていますが、違いは一時的に構成された組織であるということです。多くの場合、与えられたミッションが終われば解散するので、チェンジマネジメントを定常業務として担うCMOとは異なります。
チェンジマネジメントオフィスの役割
ニュートン氏によると、CMOの役割は以下の5つになります。
チェンジマネジャーの所属組織
チェンジマネジャー(チェンジマネジメント手法を実践し、変革を推進する役割)が所属する組織としての役割
チェンジマネジメントコストを削減するための方法
以前は外部コンサルタントがチェンジマネジメントを推進することが多かったのですが、コンサルタント費用が掛かるため、社内の人材で実施できる体制を構築する動きが広まっています。その内部のチェンジマネジメント人材のクオリティを担保する役割をCMOが担います。
組織内のチェンジマネジメントのセンターオブエクセレンス(CoE:中核機関)
組織のチェンジマネジメント成熟度や、リソース、変革の理由などを勘案し、チェンジマネジメントのグッドプラクティスを提案するチームとしての役割。通常、このチームが社内で使用するチェンジマネジメントのメソッドやツールを保持しています。
組織変革能力の構築者
組織変革能力の構築を支援する役割。ここで言う「能力」とはチェンジマネジャーの能力ではなく、組織全体としての能力のことを指しています。
例えば、変革においてリーダーが、どのように変革のメッセージを伝えるべきか、どのように振る舞うべきかを把握しているかを確認し、もし彼らがサポートを必要としているのであれば、コーチングするのがこのチームの役目です。
通常、中間管理職が変革のなかで最も難しい仕事をさせられます。それゆえ、変革において非常に重要な役割を担っていると言えます。
彼らは上から「これが業務上のターゲットで、このKPIを達成するように」と言われ、「同時に君たちのチームをあるべき姿に導くように」と指示され、更に「ところで、この変革は君たちにも個人的に影響を及ぼすかもしれない」と言われます。
変革における彼らの負担は非常に大きいでしょう。
組織のなかには、問題なくこのようなタスクに対応できる人と、そうでない人に分れます。組織として変革能力を上げるには、管理職の変革力を上げる必要があり、その能力開発をCMOが担います。
組織変革の指揮者
同時に走っている複数の変革プロジェクトが全体として成果を上げられるかを確認し、必要に応じて適切なアドバイスをする役割です。
例えば、複数の変革活動が一度に同じ部署に影響している場合、全体像を見て、本当にいまこの変革をやる必要があるのかを確認し、組織全体としての観点から、最も効果的に変革を推進できるよう助言します。
この役割は、アサインされたからと言ってできる仕事ではなく、まず社内で関係性を作り上げ、信頼を構築する必要があります。
この役割を担うにあたって、次のようなチェンジポートフォリオを活用します。
チェンジポートフォリオの例
1.変化の規模と部門・部署の脆弱性のチャート
企業内には、変化に強い組織と、変化に弱く現状からなかなか変われない組織が存在します。
このチャートで、各部門・部署が受けている「変革の影響度合い」と「変化への適応力」を可視化します。それにより、変化への適応力が低いのに大きな変化を受けているグループを特定でき、リスク軽減という観点からどのグループに最も注力すべきか提案します。
2.KPIの達成度を測るチャート
社内の各変革プロジェクトの成果を可視化するチャートです。
ターゲット達成のために、注力するエリアを変える必要があるのか、それともこのままの状態で達成できるのかを判断します。
3.グループ毎・時間軸でチェンジの影響度の大きさを示すチャート
グループ毎にどのフェーズでどの程度影響を受けているのかを示すチャートです。
例えば、長らくチェンジの影響を受けていない部署があれば、改善の余地はないのか検討できるため、注力ポイントをリバランスするのに役立ちます。
上記のようなチャートを使い提案をするには、CMO自身が社内に影響力があるか、または影響力のある人がCMOを支援している必要があります。
CMOを立ち上げるプロセス
以下が、ニュートン氏が定義するCMOを立ち上げるプロセスです。
1.立ち上げのために必要な予算や人材を確保する
2.初期チームを構築する
3.誰に価値を提供し、どの組織にCMOコストを配布するかを決める
4.チェンジマネジメントツールキットを構築する
CMOが必要な理由のひとつは、組織として、チェンジマネジメントのやり方を標準化し、ベストプラクティスで進めるためです。そのためには、方法論やツールが必要になります。
利用するメソッドがバラバラだと、統合管理ができないため、標準のやり方を構築します。
5.CMOの実践を構築する
CMOメンバーが社内のプロジェクトに参画できるように促します。
6.ステークホルダーとの関係性を構築する
7.CMOの実践を常に改善し、成熟させる
CMOを成功させるための要素
ニュートン氏が定義するCMO組織を成功させるための要素は以下の通りです。
1.CMO人材のクオリティ
チェンジマネジメントの経験があり、ステークホルダーと関係性が構築でき、組織変革を促進することができる人材が必要です。高い品質の人材がいなければ、CMO組織の成功はあり得ません。
2.明確な役割と権限
CMOが何をするのか、ステークホルダーとはどのような関係性かなどを明確にする必要があります。例えば、社内にPMOがいる場合、彼らとのどのように協働するのかを明らかにします。
3.十分な予算/誰が何を負担するかの明確化
人員に対しての予算だけでなく、メンバーがスキルを向上するためや新しいツールを入手するための予算を確保します。
4.主要ステークホルダーの支援
経営層等の主要なステークホルダーの支援を得る必要があります。
CMOが価値提供するためには、変革に関する重要な議論に参加する、新しいプロジェクトの初期段階から参画するなどが必須になります。
そのような新しい話が上位レベルであがったときに、経営層や影響力のあるステークホルダーが、その活動のリーダーに対して「まずはCMOと話しなさい」と言ってくれるか否かは、組織の存続に影響すると言っても過言ではないでしょう。
5.CMの価値に対する確信とCMOの価値の認識
20年前は、「チェンジマネジメントをやる意味はない」「チェンジマネジャーが本当に必要なのか」という意見がよく聞かれました。その頃に比べると、今はこのような意見を言う人は非常に少ないと言えます。しかしながら今でもそのような意見を持つ人はいます。
チェンジマネジメントの価値を信じていない組織では、チェンジマネジメントで価値を生み出すことはできません。そのため、組織内で、チェンジマネジメントの有効性やCMOが提供する価値を信じてもらえる状況をつくる必要があります。
6.チェンジマネジメントとCMOのビジョン
CMOのリーダー自身が、チェンジマネジメントやCMOに対するビジョンを持っていることが非常に重要です。
変革における信頼できるアドバイザーを目指す
ニュートン氏は、最後にCMOのゴールは、変革に関する組織のアドバイザーになることだと述べられました。
信頼できる変革者として認められ、変革やビジネスリスクを認識し、変革を戦略的に洞察し、変革の方向性を示す、そのようなステップを踏んで、信頼される社内のアドバイザーになるべきだと。
そして、変革の現場は常に変わっていて、CMOもそれに合わせて進化し続けなければいけないと締めくくられました。
まとめ
CMOという組織はまだ日本では一般的ではありません。
しかし、私たちを取り巻く環境を考えると、日本企業が、組織として変革能力を向上させることは必須であり、CMOのような組織が通常組織として設立されることが当たり前になることは、それほど遠くないでしょう。
皆様のご参考になれば幸いです。
参考
- 日本経済新聞「DXの壁 中間管理職? 40代「関わりたくない」4割」2022年1月19日朝刊