あなたが変革の推進者として、組織のマニュアル業務をシステム化することになったときや、組織の人事制度を変更することになったとき、または組織内で何かを変えようとしたときに、

「この業務は〇〇というケースや××というケースなど様々なイレギュラーがあるので、標準化は難しい。エクセルでしか対応できない」

「このようなやり方になったら、スタッフの負荷が増え、業務に支障をきたすから受け入れられない」

と、社内で反対されたことはありませんか?

組織で何かが大きく変わるとき、従業員の頭をよぎるのは「今までのようにはいかなくなるのではないか」という不安です。

変化を余儀なくされ不安を感じる従業員

その不安は大抵の場合、現状に固執するという抵抗に変わり、変革の推進を阻害します。

マサチューセッツ工科大学(MIT)スローンマネジメントスクールの上級講師 ハル・グレガーセンと、同じくMITの上級講師でINSEAD名誉主任准教授でもあるロジャー・リーマンは、組織変革において、変革による影響を「業務レベル」の変化と捉えていることが問題であり、重要なのは「役割レベル」の変化にいかに対応するかだと指摘しています。

今回は、役割レベルの変化に対応するとはどういうことか、どのように対処すべきか、新しい環境への適応を促進する手法「役割の調整(Role adjustment)」のご紹介を交え、社員の不安を払拭し、前向きに変革に取り組んでもらうためのテクニックをお伝えします。

変革は個人の役割にどのような影響をもたらすのか?

組織変革において、変革推進者が必ず意識するのは業務レベルの変更です。新しいシステムで業務がどう変わるのか、新しいプロセスを覚えるためにトレーニングは必要なのか、あらかじめ考え、対策を講じます。

変革によって業務変更を強いられる側も、新しいシステムやプロセスを学ぶことは必要だと感じ、面倒だと思う気持ちはあるかもしれませんが、新しい業務を習得することを拒否する人はまずいません。すなわち、業務レベルの変更は、変革において比較的対処しやすい課題と言えるでしょう。

一方、多くのリーダーが見逃しがちで、対処が非常に難しいのは「役割の変更」です。ここでいう「役割」とは、社会学や社会心理学で使われる役割です。つまり「社会のなかで個人が他者に対して占める地位に応じて、その地位にふさわしくふるまい、遂行するように社会的に期待されている行動パターン」のことを指しています。

人は集団の中で果たす事を期待される役割を演じる

「リーダー」「分析家」「専門領域のエキスパート」「ムードメーカー」「アイディアマン」など、人は集団の中で果たす事を期待される役割を演じます。

大きな組織変革はときに、従業員にこの役割の変更を強います。しかし、この役割を変えさせるのは非常に難しい。なぜならば大抵の場合、人は集団の中で無意識のうちに役割を演じているからです。その役割を新しい環境にあわせて変更しろと言われると、新しい環境で一体何ができるのかわからなくなるのです。

変革が個人の役割に変更を強いる具体例

具体的な例でご説明しましょう。


山田さんはある企業の経理担当。彼の役割は、経営幹部向けに各事業部の実績や見込の数字を集め、エクセルで分析レポートを作ること。繁忙期には深夜残業や休日出勤して、経営幹部の厳しい要求に対応していました。

分析に使われているエクセルは複雑で、経営レポートの作成業務は彼なしには成し得ず、皆、彼のことを頼りにしていました。

マニュアル業務を自動化するプロジェクト

しかし、山田さんの会社にデジタルトランスフォーメーション(DX)の波が来て、非効率なマニュアル業務を自動化するという全社的なプロジェクトが始まります。

彼のエクセルの分析業務もDXの対象です。DX推進担当は「この自動化により、より付加価値の高い分析業務に時間を費やすことができるようになりますよ」とDXプロジェクトの意義を説明します。

しかし彼の中で不安がよぎります。

「その空いた時間を使って、自分は新たな付加価値の高い仕事を提供できるのか」

「今まで深夜残業、休日出勤して、経営幹部のニーズに応えてきたことを評価されていた。システムが導入され分析業務が自動化されたら、自分は評価されなくなるのではないか」

何よりも彼を不安にさせたのが、エクセルに詰まっていた自分のノウハウが価値を失うこと。

彼は20年のベテラン選手で、会社の経営状況、各事業部のビジネス状況、商品・顧客まで熟知していて、業務におけるキーマンとして部のメンバーや経営幹部に頼りにされていました。「わからないことがあったら山田さんに聞けばいい」という生き字引的なポジションが、彼の会社における役割でした。

システムが入ったらどうなるのか。

山田さんの上司は「これで遅くまで残業しなくても済むようになる。よりレベルの高い分析業務に集中できるようになる」と繰り返すばかりで、山田さんの不安をぬぐってはくれません。

先日、システムの仕様を決める会議で、システム担当に「エクセルに組み込まれている分析ロジック」を聞かれましたが、山田さんはこう答えました。

「このエクセルは標準的なケースには対応できるが、〇〇というケースもあれば、××というケースもあるので、一概に標準化はできない」

「システム化するのであれば、A機能も必要、B機能も不可欠だ。それができないんだったら使い物にならないので、エクセル業務は続けないといけない」

変革で不安を感じる社員

山田さんはこう考えています。

「私のノウハウをシステムに取り込ませるわけにはいかない。これは私が培ってきたんだ。こんな柔軟性に欠けるシステムに私がやってきたことを代替することなんてできない。経営層の様々な要望に即時に対応できるのは、私しかいないんだ。システムが導入されても、システムができることなんて限られてる。結局エクセルでやることになるんだ」


山田さんの不安は、新しいシステムを覚えなければいけないことではありません。経営レポートのプロとして、経営層や部署のメンバーになくてはならない人という役割を手放さなければいけないことにあります。役割の変更という本質的な課題に対処せずしてスムーズな変革は難しいと言えるでしょう。

そのため、グレガーセン氏とリーマン氏は環境に応じた「役割の調整(Role Adjustment)」が必要であると述べています。

役割調整の手法

「役割の調整」理論は、元々、国際ビジネスの専門家 マーガレット・シェイファー教授らが実施した調査の中で、「海外勤務で成功を収めるエグゼクティブがいる一方、深刻なカルチャーショックでダメになる海外駐在者がいるのはなぜか」を説明するために使われた考え方です。

その調査によると、海外勤務という環境の変化によって強いられた「役割の調整」に明確に立ち向かったとき、海外駐在員は難しいトランジションをより上手に切り抜けることができたことを示しています。

例えば、自国では「専門家」という役割であったとしても、赴任先では、「調整役」や「学習者」などその環境に合わせて役割を調整していたのです。

グレガーセン氏らはこの「役割の調整」は、エグゼクティブコーチングでも取り入れられている考え方だと述べています。

エグゼクティブコーチングで活用される役割調整理論

トップへの昇進は、成果に対する多大なプレッシャーをもたらします。周りの環境や求められる成果が大きく変わったときに、自分の時間や意識を適切に振り分けられるように、自分の役割を明確にするのです。「今はチームビルダー」「このグループでは調停役」など、その場その場で必要な役割を意識することで、どのタスクにフォーカスし、どのように貢献すべきかをコントロールできるようになります。

変化が少なかった時代、このような「役割の調整」を求められるのは、海外駐在員やエグゼクティブのように限られた人たちのみでした。しかし今、多くの従業員が様々な変化を経験する時代、この「役割の調整」手法は、一般社員への対応策として必要とされています。

役割の変更を意識させる9つの質問

では具体的に「役割の調整」をどのように現場に活かすのか。グレガーセン氏らは、次の9つの質問を使うことで、今まで陰に隠れて見えなかった「役割の調整」による影響が明らかになり、対策を打つことができると述べています。


  1. あなたの肩書・役職は何か?
  2. チーム内であなたが担っている役割は何か?
  3. その役割はどれほど重要か?あなたが担っている役割のうち、あなたが失うのが最も難しいと感じるものはどれか?簡単に手放せそうなものは何か?
  4. 他の関係者はあなたの役割についてどう考えているか? 何を重要視しているか? あなたの観点と彼らの観点に違いがあるか?
  5. 今後どのような大きな変化が起こりそうか?
  6. その変化は、あなたの重要な役割にどのような影響を与えるのか?
  7. その影響はあなたの感情にどのように影響するのか?
  8. 新しい環境にあなたの役割と適応させるために、何をしなければいけないのか? どのような新しタスク、優先順位が必要になるのか?
  9. 抜本的な役割の見直しが必要か? 古い役割を捨て新しい役割を取り入れる必要があるのか? 今保持している役割の優先順位を変える必要があるのか?

これらの質問を通じて、対象者は「自分の演じるべき役割」や「その役割を演じるために必要な行動」を考えるようになります。

そしてその検討の過程が、役割における不明瞭な部分や矛盾する部分、過負荷になっている部分をあぶりだします。自らが問いかけることで、未来の環境に合わせて役割を調整することができるのです。これができないと、無意識化にある役割の変更に対するストレスが、ネガティブな感情を生みだします。

新しい環境で求められる役割を明らかにする

あなたが変革においで自分の組織をリードしなければいけない立場であれば、この9つの質問を自分のチームに問うことが、潜在的な抵抗への対策の糸口になるでしょう。

あなた自身が変革により変化を強いられているのであれば、この質問を自分に投げかけ、何があなたのストレスになっているのか、新しい環境で求められている役割は何か、どうすれば貢献できるのか洗い出してみると、取るべき次のステップが明確になるでしょう。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

変革において、役割の変更による脅威は見逃されがちです。9つの質問を通じて見えづらい課題を明確にすることで、水面下に隠れてた変革への抵抗の原因を理解し、変化に対してポジティブに対応できる土台を作り出します。

組織で変革を推進する際に、9つの質問を参考にしていただければ幸いです。

参考