組織で何かを変えるとき、プロジェクトを推進するとき、絶対に欠かせないのは「危機感の醸成」です。
人は、変わる理由がなければ変わろうとしません。
つまり「いま変わらないといけない」と感じないと変わろうとしません。
そのため、チェンジマネジメントを行う際、組織内で「今変わらなければいけない」という気持ちを醸成するため、初期段階で綿密に計画します。
今回は、コンサルティングファーム アクセンチュアの日本法人が、2015年に開始した社内の働き方改革「プロジェクトプライド」を例として紹介しながら、危機感を醸成するポイントを3つお伝えします。
アクセンチュアの働き方改革 背景と成果
2015年当初、アクセンチュアは人材紹介会社から「激務で長時間労働という噂が立っている」「人を紹介しづらい状況にある」と言われるほど、労働環境や人材活用に深刻な課題を抱えていました。コンサルティングファームは優秀な人材がいないと成り立たない。危機感を覚えた経営トップは、働き方改革「プロジェクトプライド」を立ち上げます。
この活動を通じて、プロジェクト開始から2年半で「終電が当たり前」と言われていた残業時間は、1人あたり1日平均1時間にまで減り、離職率は以前の1/2以下に減少。女性にも働きやすい環境になり、女性採用比率は22.7%から38.7%と大きく伸びました。働き方改革を行っても生産性は落ちず、プロジェクト開始以降、50%以上の成長という好業績が続いています。(2017年5月時点)
危機感を醸成するための3つの施策
プロジェクトの初期段階で危機感を醸成できるか否かが成功の鍵になるため、チェンジマネジメントでは様々な仕掛けを講じます。
今回はその中でも、必ずと言ってよいほど施策に含める以下の3つのポイントをご紹介します。
- 自分に関係している課題だと感じさせる
- KPIを設定し、モニタリングする
- 現場の声を聞かせる
自分に関係している課題だと感じさせる
社員が社内改革を「対岸の火事」と捉えている限り、危機意識は生まれません。そのため、自分に関連している、他人事ではないと感じさせる施策を講じます。
プロジェクトプライドは、全社員が集まるミーティングで「プロジェクトプライド」のキックオフ宣言。そこで自分事化させる仕掛けを打ち出しました。
「アクセンチュアで働く皆さんに聞きたい!ありがち度診断!」というクイズ形式のビデオを流します。コミカルな雰囲気を作りつつ、「心当たりはありませんか?」と、以下のような質問を次々とテンポよく社員に投げかけたのです。
- ミーティングのとき、内職しながら聞くクセがついている
- 気持ちのよい「おはよう」の挨拶を、ここ数日していない
- いちいち口にしなくたって、「ありがとう」は伝わると思う
- 褒められたい、って甘えでしょう。けなされても、這い上がる根性が必要だ、と思う
- クライアントの無茶ぶりに、とりあえずYESと言ってしまうことがある
- 自分の仕事の出来がよければ、チームや会社のことは、まあ、あとまわしでいいや
- 子供の授業参観なので休みます、とか平気で言える神経がうらやましいよ、ホントに
- 朝までにやっといて、と部下に言ったことがある
- 朝までにやっといて、と言われて、断れない私ってエライ
- 土・日も働く前提で、無茶な計画を作ったことがある
- 休暇中も手は動かしますんで、休暇中もメール見ます、とついつい言ってしまう私
出典:アクセンチュア流 生産性を高める「働き方改革」
これは社内に蔓延している悪癖について、自覚を促すために作られたビデオ。リアリティのある問いかけに「あるある!」と大騒ぎする社員。診断テストの後、続けて以下のメッセージが流れました。
家族から、アクセンチュアって、いい会社だね、って言われるように、
友人から、アクセンチュアで働けるなんて、ってうらやましがられるように、
(中略)
誇りあるアクセンチュアになりたい。
もちろん簡単じゃない。でも必ずなれます。
出典:アクセンチュア流 生産性を高める「働き方改革」
このメッセージの後、目指してほしいアクセンチュアの社員としての姿を伝えました。
「問い」は、相手にやるべきことを強制することなく、その人自身でやるべきことを見つけ出すことを促す作用があるため、コーチングなど様々な場面で使われています。チェンジマネジメントにおいても活用する手法で、1対1の対話だけでなく、グループに向けて、クイズや診断テストという形で「問い」をコミュニケーションに組み込みます。
このビデオの秀逸なのは、「会社が取り組むべき課題」と「自分の普段の業務」の関連性を示した後、あるべき姿を提示することで、社員の中で「自分の業務課題」と「あるべき姿」との比較が生まれ、そのギャップを埋めるためには何が必要かを自ら考えさせることを促していることです。
さらに、
- クイズ形式でコミカルにしたことで耳が痛い話を聞きやすくしている
- 悪い行いを責めたり、○○してはダメだと指示するのではなく「できている」「できていない」を自分自身で選択させる、つまり自主性を重んじる形にしている
と、相手が受け取りやすいメッセージにすることを考慮しコミュニケーションが設計されています。ひとつの施策に、参考になる点が多く含まれているチェンジマネジメントのお手本のような手法です。
KPI(重要業績評価指標)を設定し、モニタリングする
居心地が良ければ人は変わろうとしません。変わろうと思わせるには、現状のままだと居心地が悪くなるような状況を作り出す必要があります。そのため、チェンジマネジメントでは、評価基準や指標の見直しを行います。
指標は、従業員の行動を期待する方向に向かわせるためのツールです。「各自の業務レベルで何を目指すのか」「社員にどのように変わってほしいのか」を教えてくれる指標は何かという観点で設定を行います。
プライドプロジェクトでも、レイヤーごとのKPIが設定され、毎月モニタリングされました。システムからデータがとれない定性的な情報は、サーベイ等の社内調査で集められ、定量、定性データともに見える化されたのです。
さらに各部門のトップである本部長に対して、担当部門の現場のヒアリングや定量調査に基づき、現状とアクションプランを社長と共有するというフレームをルールとして盛り込みました。
単にKPIを設定するだけでなく、データを収集・モニタリングする仕組みを作り、そのデータに基づいて何を行うかの道筋を描き、リーダーが動かざるを得ない状況を作り出すそのやり方は、他のプロジェクトでも使える好例です。
現場の声を聞かせる
人は自主性を奪われることを嫌います。誰かに「〇〇をしろ」と指示されることも自主性を奪われることのひとつです。チェンジマネジメントでは「やらされ感」がでないように、指示するのではなく「データに話してもらう」という手法を使います。
アクションにつながるようなデータを提示し、相手が自ら変わらなければいけないことに気づいてもらえるよう促すのです。ここでいうデータは数値情報だけではなく、顧客の声、社員インタビューなど定性データが含まれます。特に生の声は、数値情報より人の心に響きやすいので、意識的に活用します。
プライドプロジェクトでも、現場の生の声が効果的に使われました。
プロジェクト開始から7カ月ほど経ったころ、社内調査から、プロジェクトをポジティブに受け止めている部門と、ネガティブに受け止めている部門の色がはっきり出てくるようになっていました。そして、ネガティブに受け止めている部門で問題が発生したのです。
それは、その部門のマネージャー以上とマネージャー未満に分かれて、プロジェクトについてディスカッションをする場でのこと。
マネージャー以上のミーティングでは、現場のリーダーであるマネージャーが板挟みになっているということが明るみになりました。例えば、残業時間の削減に関して、
「部下の働く時間を減らしたら、自分たちがカバーして引き受けるしかない。でも、上司からの要求は全く変わらない」「上が変わってくれないと、自分たちだけでは変われない」と不満の声が噴出。
マネージャー未満のスタッフミーティングでも。。。
「ある上司が飲み会でこんなこと言っていました。こういう動きって、何年かに一回あるよね、と」「毎日、途方もないほど忙しいのに、本当にやろうとしているとは、とても思えない」「まったく本気度が感じられません」
「マネージャーと飲みに行くと、プロジェクトプライドなんて関係ないとみんな言ってますよ。本当に、会社を変える気なんて、あるんですか?」
と、痛烈なコメントの数々。
マネージャー未満のディスカッションの結果は、誰が発言をしたのか、という部分を隠したうえで、リーダーたちに共有されました。
これらの声が、部門のリーダーたちを変えるきっかけになりました。
この部門では、毎月自分たちで社内調査を実施することにし、本部長をはじめとしたリーダーたちが積極的に現場に運ぶようになったのです。
数値の情報だけでは、リーダーたちにここまで切迫感を抱かせることはできなかったでしょう。生の声を伝えたからこその効果だと言えます。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
組織内の危機感の醸成は、一度のミーティングでできることではありません。手を変え品を変え、複数の手法を使いながら、戦略的に行うことが必要です。
変革の規模の大小に関わらず、組織内で何かを変える必要があるとき、
- 自分に関係している課題だと感じさせる
- KPIを設定し、モニタリングする
- 現場の声を聞かせる
は非常に効果的と言えます。ご参考になれば幸いです。
参考
- 江川 昌史(2017) アクセンチュア流 生産性を高める「働き方改革」日本実業出版社