アサヒグループホールディングスは、国内外で多様な事業を展開する中、グローバル展開やデジタルトランスフォーメーションの加速に伴い、組織全体での変革力向上が求められています。 

本対談では、チェンジマネジメント研修を社内向けに企画し、ご自身も受講された近安様に日本チェンジマネジメント協会の柊がインタビュー。チェンジマネジメントをどのように社内に取り入れ、変革を持続可能なものにしているのか、具体的な取り組みや今後の展望について詳しく伺いました。 組織変革に取り組む企業の皆さまにとって、グローバルで通用するチェンジマネジメントの活用法や、変革を成功に導くためのヒントをお届けします。 


アサヒグループホールディングス株式会社
エグゼクティブ・オフィサー / Head of IT & Transformation

近安 理夫(ちかやす よしお)

滋賀大学 経営学部卒業、シカゴ大学 経営学部卒業(MBA)。1990年アクセンチュア入社、マネージャー、パートナー、2006年 Business Integration チームの代表パートナーに就任。2010年 HOYA株式会社(シンガポール)情報・システム・業務改革最高責任者。2016年 大学講師(慶應大学・武蔵大学において企業研究講座、友人のスタートアップ支援 などの充電期間)。2018年 カルソニックカンセイ株式会社 グループ業務改革推進本部長兼常務執行役。2020年10月より現職。

外部環境変化とチェンジマネジメント研修ご受講前の組織や事業の課題

デジタル化の波が全社員に変革を迫る時代へ 

―― まずはじめに、チェンジマネジメントに関心をお持ちになった背景について、御社を取り巻く外部環境や組織の状況を教えていただけますか?(柊)

近安様:私の立場から見ると、関心を持った理由は大きく2つあります。 

まず一つ目は、デジタル技術の急速な進化です。生成AIをはじめとした新技術の登場により、もはやIT部門だけの話ではなくなりました。こうした変化は個人の生産性に直結するため、全社員がスキルを身につけ、自分の業務に取り入れていくことが求められています。 

この変化は単なる効率化にとどまらず、業務そのものを大きく変えるトランスフォーメーションです。しかし、製造現場や営業の第一線で働く社員にとっては、こうした変化を自分事化しづらい面があります。 

だからこそ、組織全体のカルチャーやステークホルダーの理解を含めて変えていく必要があると感じました。これは単なるツール導入ではなく、チェンジマネジメントを通じて変革への準備(レディネス)を整えていくプロセスだと考えています。 

グローバル展開とホールディングス化が生んだ新たな課題

近安様:もう一つの背景は、アサヒグループの歴史的な展開にあります。2010年前後から、国内外で積極的にM&Aを進めてきました。例えばカルピス、エノテカ、ニッカウヰスキーといった企業との統合を経て、国内の多角化を実現し、その後は欧州やオセアニア、東南アジアといった海外市場へアルコール事業を中心に進出しました。

特に海外では、地産地消型の産業であるため、現地に経営を任せる形で進めてきました。ただ、2020年頃には大型買収が一段落し、「グループとしてのシナジー創出が必要だ」という意識が高まりました。 

こうしたなかで、ホールディングス機能の強化を進め、より強いガバナンスとグローバルな連携体制が求められるようになりました。しかし、こうした構造的な転換は一朝一夕でできるものではありません。社員一人ひとりの意識や行動を変えるためには、変革を一過性のプロジェクトで終わらせず、継続可能な組織文化として根付かせる必要があると感じています。 

チェンジマネジメントを「前さばき」の力として活用する

近安様:だからこそ、私たちはチェンジマネジメントの重要性に立ち返ることになりました。単なるプロジェクトの“手法”としてではなく、変革を成功に導くための“前さばき”としての位置づけです。プロジェクトを始める時点、「誰が何を担うのか」「どのような体制を組むのか」「どのように意思決定を行うのか」などをチェンジマネジメントの視点から設計していくことが必要です。 

ホールディングスとして全社をけん引する立場にある私たちこそが、この知識を身につけて活用していく必要があると強く感じています。これから先、マネージャー層を中心に、チェンジマネジメントを“共通言語”としてプロジェクト設計に組み込んでいくことが、私たちの変革の基盤になると考えています。 

海外拠点における先行事例とのギャップに注目

―― デジタル化やグローバリゼーションに伴い、全社的に変革を進める必要性が高まってきた中で、今回チェンジマネジメントをご受講いただく際に、特に重視された課題やテーマについてお聞かせいただけますか?(柊)

近安様:たとえば、ヨーロッパでは、すでに“トランスフォーメーション・チーム”が設置されており、その中に“チェンジマネジメント・チーム”という専門部署が存在しています。彼らはトランスフォーメーション・オフィスの中で、8~9カ国の事業を統合し、“ワン・ヨーロッパ”、“ワン・アサヒ”といった共通文化の醸成を進めています。 

オーストラリアでも同様に、現地企業の買収後に“ワン・オセアニア”の体制を築くべく、チェンジマネジメントを組織的に活用していました。そうした事例と比べ、日本ではまだ専門的な体制や方法論が確立されておらず、経験者もおらず、大きなギャップがあると感じていました。ですから、今回の研修ではまず“共通言語”としての知識を身につけ、日本国内でもグローバル水準で通用する変革力を育てることが重要だと考えていました。 

チェンジマネジメントに対する期待

スタンダード化された知識がグローバル連携の鍵になる

―― チェンジマネジメントというスキルや知識に、どのような期待をお持ちですか?(柊) 

近安様:海外ではプロジェクトマネジメントなら「PMBOK® (*1)」、チェンジマネジメントなら「CMBOK™(Change Management Body of Knowledge)(*2)」といったスタンダードに則って、一定の方法論や知見をもとにプロジェクトが推進されています。私たちも、そういった知識を備えていないと、そもそも共通の土台で議論ができない。だからこそ、国内でもそれに準じたスキルセットを備えておく必要があると思います。 

CMBOKはまだ一般的ではないが、今後の基盤になり得る

柊:おっしゃる通り、プロジェクトマネジメントの「PMBOK」は日本でもかなり浸透していますが、「CMBOK」という言葉は現時点ではあまり一般的に知られていません。チェンジマネジメントは“人”を対象とした分野でもあるため、標準化が難しい側面もあると思います。ただ、今まさにグローバルでは体系化の動きが進んでいて、今後の基盤となる可能性は大いにあると私も感じています。 

近安様:実際、私自身MBAで学んだ際にも、チェンジマネジメントという体系的な講義はありませんでした。組織開発やステークホルダーマネジメント、リーダーシップといった要素は個別にはありましたが、全体として「変革をどう進めるか」を学ぶ場は意外と少ない。だからこそ、いまこの分野は発展途上にあり、まさにこれから標準化・体系化されていく段階なのだろうと捉えています。 

当協会の研修をお決めになられたご理由

―― 当協会の研修を選ばれた決め手や、選定時に重視されたポイントを教えてください。(柊)

近安様:そうですね。世の中にはチェンジマネジメントに関するさまざまなアプローチがありますが、少し偏りがあると感じていました。たとえば、ERP導入に伴う「ユーザー教育」に特化していたり、「組織変革」か「個人の意識変革」のどちらかに極端に寄っていたりするケースです。私は、両方、つまり“組織”と“個人”の視点を体系的にしっかり学びたいと思っていました。そこが最初のポイントですね。また御協会の研修は階層別に整理されていて、マネージャー向けや部門長向けなど積み重ねが見える内容だったことも評価しました。 

そして何より、グローバルスタンダードに基づいている点が決定的でした。 

グローバルスタンダードを体系的に学べる貴重な場 

近安様:研修のカリキュラム自体が、グローバルスタンダードに沿って設計されているという印象を持ちました。チェンジマネジメントって感覚的なアプローチも多い中で、標準的な理論やフレームワークを踏まえている。それをしっかり提供しているのは御協会だけだったと感じています。 

柊:ありがとうございます。実際、近安様ご自身も、これまでに様々なチェンジマネジメントに関わってこられている印象があります。そのなかで、特に難しさを感じる点や、勘どころのようなものがあれば教えていただけますか? 

「チェンジ」は一人で起こせない、キーパーソンを動かすには“多様な伝え手”が必要 

近安様:変革の最初も最後も、キーパーソンのチェンジマネジメントが重要です。ただ、それがとても難しい。たとえば、リージョンが4つあるとすると、各地域にCXOクラスが数名いて、合計で20人程度になります。その全員とうまく信頼関係を築けるかというと、現実的には難しいですよね。 

理想を言えば、チェンジマネジメントの背景を理解し、様々なタイプの人に響く伝え方ができるメンバーが6~7人ほどいて、それぞれが役割分担できる状態がベストです。たとえば、同じ内容を説明する場合でも、ヨーロッパリージョンの方に話すときは、ヨーロッパ事情に詳しいドイツ人が伝えたほうがより理解されやすいことがありますし、若手社員が話すことで相手が素直に受け入れてくれるケースもあります。このような「伝える人の多様性」は非常に重要だと感じています。 

柊:確かに、話し手によって相手のガードの高さは大きく変わりますね。 

近安様:そうなんです。だから「一人で全部やろうとすると壁が高くなって、結局コストも時間も膨らむ」というジレンマがありますね。 

グローバルケイパビリティの中でチェンジマネジメントが選ばれた

柊:現在はチェンジマネジメントをどのような位置づけで推進されているのでしょうか? 

近安様:実は昨年、「グローバルケイパビリティビルディング」という社長直轄プロジェクトが始まりました。全社的に「グローバルで強化すべき能力は何か」を60項目ほどリストアップし、何段階にもわたる選定を経て、最終的に“チェンジマネジメント”と“デジタルトランスフォーメーション”が残りました。残念ながら最優先にはなりませんでしたが、「必ずやらなければならないファンダメンタルテーマ」として位置づけられています。 

「アジャイル」を道具として、自律的なチームづくりが本当の目的

柊:今回「アジャイル」の導入にも取り組まれていると伺いました。 

近安様:はい。ただし、型をそのまま導入するわけではないんです。たとえば「スクラムをやる」「スタンドアップミーティングを導入する」のように形から入ると、現場から「またお作法か」と拒否されてしまう。大事なのは、「チームの働き方の課題を解決する」ことです。 

アジャイルはあくまでその課題を解決するための道具であって、目的じゃない。うちでは、チームが自律的に動き、トライ&エラーを繰り返し、セルフラーニングできる組織を作ることを目的としています。そのためには、例えば課題Aに対してはアジャイルプラクティスの①を、課題Bに対してはアジャイルプラクティスの②を、といった形で、必要な部分だけ少しずつ導入するんです。半年かけて一つずつやっていけば、最終的に4~5年後に自然とアジャイル型の組織になっていく。それでいいと思っています。 

柊:すばらしい考え方ですね。「型を押し付けない」「やらされ感を与えない」…まさにチェンジマネジメントの王道を行くようなアプローチだと感じました。 

研修での学び

チーム全体での理解とフレームワークの整理

―― 今回近安さんご自身だけでなく、チームの方々も研修を受講されましたが、実際にどんな学びや気づきがあったのでしょうか?(柊) 

近安様:非常に印象的だったのは、チェンジマネジメントには「組織」と「個人」、両方の視点が必要だということです。フレームワークや手法も多様で、アジャイルのプラクティスのように、状況に応じて使い分けなければならないという点もよく理解できました。3日間の研修で基礎的な引き出しはできたと感じていますが、実践で使うにはもっと一つひとつ深掘りして学ぶ必要があるとも思いました。 

個人の意識変革こそが組織変革のカギ

近安様:私にとって最大の学びは「個人のチェンジマネジメント」の重要性が改めて整理できたことです。「組織のチェンジマネジメント」は、アクセンチュア時代から実践してきました。しかし、それだけではトランスフォーメーションは起きないと感じていました。トランスフォーメーションは最終的には個々人の意識変革によって起きる、そう捉え、組織開発や成人発達理論などを参考にしながら実践を重ねてきました。それが今回の研修を通じて「組織のチェンジマネジメント」と「個人のチェンジマネジメント」が体系的に結びついていることを整理できた。これは非常に大きな収穫でした。 

チームメンバーの意識もアップデート

近安様:チームメンバーは主にIT系のバックグラウンドを持ち、これまではユーザー教育や組織視点でのステークホルダーへの情報提供に注力していました。しかし今回の研修を通じて、個人レベルで変化を捉える必要性に気づいたようです。特に、各ステークホルダーがチェンジカーブのどの段階にいるかを見極め、その段階に応じて情報提供や働きかけを変えることの重要性を理解できた点は、大きな成果だと思います。 

柊:そのような気づきを共有していただけて、とても嬉しく思います。 

近安様:研修を通じて、自分たちの取り組みが整理された「箱」に収まった感じがします。今後はそこに自分たちの知見を入れながら、実践に活かしていく段階ですね。 

実践を通じたPDCAの重要性とAI活用への期待 

柊:やはり人と向き合う取り組みなので、実際にやってみて、結果を振り返り、次に活かして行動する、を繰り返すことが大事ですよね。 

近安様:その通りです。例えばチェンジカーブの分析をAIで行い、関係者の発言や文章から「今どの段階にいるか」を見える化できればすごく助かりますね。 

柊:チームの皆さんもAIを活用して業務改善していると聞いています。 

近安様: たとえば、取締役向けに実施しているAIトレーニングでは、過去のCFOからの質問傾向をAIで分析し、その結果をもとに想定される質問や懸念点を事前に整理することで、経営会議資料を効率的にレビューできるという活用方法を実際に実感してもらっています。こうしたAIの活用は、レビュースピードを格段に上げてくれます。 

AIでつくるペルソナとステークホルダー別コミュニケーション

近安様:他にも、決算発表後の機関投資家やアナリスト向けの対応においても、個別の傾向や質問パターンを分析し、最適な説明資料やコミュニケーションの準備に役立てることができます。過去の議事録やレポートを読み込み、ペルソナを作成したうえで、その人がどのような質問をしそうか予測できるツールがあれば、非常に有効です。 

柊:まさにそれが実現すると、ビジネス側の方もDXの価値を実感できますね。 

近安様:そうですね。チェンジマネジメントの現場でも、このステークホルダーのペルソナに合わせた情報提供や説明の方法を変えることが、変革を進める上で重要だと改めて実感しています。 

フラットで速い組織を目指すデジタルトランスフォーメーション 

近安様:こうした取り組みを継続することで、従来のピラミッド型組織は徐々にフラット化し、より自律的で速い組織に変わっていくはずです。デジタル技術の民主化と組み合わせることで、それが可能になると確信しています。 

柊:単にシステムを入れるだけではない、本質的なデジタルトランスフォーメーションですね。 

近安様:そうです。一人ひとりがデジタルスキルを持ち、自ら発見し、改善を進めていく。そうなればマネジメントの役割も変わるでしょうし、組織ももっと強くなります。 

近安様:アサヒグループは100年以上の歴史を持つ会社の集合体です。国ごとに伝統や誇りも強く、成功体験も濃い。そうした背景を尊重しながら、一緒に仕事を進めていくのは非常に難しいです。でも、そのバランス感覚が大切だと感じています。 

今後のご展望

2030年に目指す、チェンジマネジメントが根付いた組織

近安様:理想を言えば、2030年までにAGH(アサヒグループホールディングス)のマネージャー以上の全員がチェンジマネジメントの手法を身につけ、トランスフォーメーションやコミュニケーションを自然に推進できる組織になりたいです。 

民主化とアジャイルも浸透し、チェンジマネジメントもできる強く俊敏な会社になったら、私は卒業して次の世代にバトンを渡したいと思っています。変革を持続可能にし、次世代のリーダーがしっかり引き継いでいくことが重要だと考えています。 

社内エバンジェリストの育成と文化理解の重要性

近安様:組織変革には、企業固有の文化や歴史を深く理解することが欠かせません。 長年の上下関係や独自の文化が根強く残っているため、外部の視点だけでは乗り越えにくい部分があります。 

そのため、外部からチェンジマネジメントやアジャイルの専門家を招くのではなく、社内の文化や歴史を理解しているアサヒのプロパー社員が、チェンジマネジメントやアジャイルを学び、リーダーとして変革を推進していくことが望ましいと考えます。 

さらに、打たれ強く、人との関わりやコミュニケーションを好む人材が内部から育ち、変革の旗振り役となることが理想です。 

チェンジマネジメント普及の課題と今後の期待

近安様:チェンジマネジメントのコンテンツは揃っているものの、日本ではまだまだ広まっていないと感じています。海外ではチェンジマネジメントの波が確実に広がっているのに。 特に日本企業では、体系的なメソドロジーは浸透しづらいのでしょうか。 

柊: それはあると思います。 

近安様: 「チェンジマネジメント? そんなものは勉強するものではなく、人間力だ」と考え、属人的な取り組みにしてしまうと、たとえ一人ひとりの経験やスキル、ナレッジが優れていたとしても、組織として品質を担保することはできません。 

標準化された方法論があれば、ナレッジを組織として蓄積でき、均質なサービスや品質を維持することが可能になります。 これからも協会のような組織が普及を推進し、より多くの企業でチェンジマネジメントが当たり前になることを期待しています。 

*1. PMBOK®は Project Management Institute(PMI)の登録商標です。 
*2. CMBOK™は Change Management Institute(CMI)の商標です。