チェンジマネジメントでは、組織で何かを変えるとき、プロジェクトを推進するときに、「すべきこと」がいくつも定義されていますが、その中でも絶対にやったほうがいいことが、主要関係者を早い段階で計画に巻き込むことです。

しかしながら、多くのケースにおいて、変革推進リーダー・プロジェクトリーダーは人の巻き込みを避けがちです。

「構想策定は、少人数精鋭でスピーディに決めないと進まない」
「現場の人間は、決められたことだけをしてきたような人たちだからあるべき姿を描くことなんてできない」

そういって、限られたメンバーだけで、変革の計画やあるべき姿の構想を行うということが非常に多い。

しかしその結果、計画が現場に受け入れられずにとん挫する、現場視点で考慮すべき点が漏れていて導入後大問題になるなど、数多くの失敗ケースを見てきました。

キーパーソンを巻き込まずに進めることは、こんなにもリスクなのに、なかなか実施されないのはなぜか。

なぜならば、人を巻き込むのは難しいからです。
そして、効果が出るまで時間がかかるからです。

でも、キーパーソンを早い段階で巻き込むのは、遠回りのように見えて実は近道なんです。

そこで、今回は社員を巻き込み任せることで、会社を飛躍的に成長させた星野リゾートの星野佳路社長の「社員に任せ、自律的に動くチームの作り方」をテーマに、人を巻き込むことの重要性をご説明します。

 

教科書通りの経営がもたらした成功

多くの人が一度は泊まってみたいと思う星野リゾート。元々は、軽井沢の老舗旅館でした。それが今では日本有数の総合リゾート運営会社。この成功の背景にあるのは、星野社長の「教書通りの経営」です。

星野社長は、米国のビジネススクールの教授陣が書いた経営の名著を読み、経営課題を解決されてきました。その星野社長の経営手法は非常に有名で、多くのメディアでも紹介されています。

その中でも特に有名なのが星野社長の「自律的なチームを作る」手法。星野社長は、この手法も教科書から学びました。

社員が辞めていく

1991年、お父様が経営されていた軽井沢の旅館を星野社長が継いだとき、社内には問題が山積していました。

最も深刻なのは人材確保。
勤務時間は不規則で、休日も少ない地方の旅館に就職してくれる人は多くなく、せっかく入社してくれた社員も定着しない。社員たちと一生懸命コミュニケーションをとっても、活気ある楽しい職場にはならず、多くの社員が会社を離れました。

そんなときに、出会ったのが「一分間エンパワーメント」という教科書。

星野社長は、この本を参考に、以下の3つの鍵を教科書通り実施されました。

第一の鍵:正確な情報を全社員と共有する
第二の鍵:境界線を明確にして自律的な働き方を促す
第三の鍵:階層組織をセルフマネジメント・チームに置き換える

今回は「第一の鍵」を中心に事例をご紹介します。

おいしくないとは言えない

星野社長が経営を始めたとき、改善したかったことの1つが「宿で提供していた和食」。

「自分で食べてもおいしいとは思わなかった」(星野社長)

しかし「おいしくない」とは言えなかった。
そんなことを口にしたら、板長が辞め、さらに業界の習慣に従って、調理現場のスタッフ全員が辞め、翌日から料理が提供できなくなることが目に見えていたから。

しかしこのままではいけないと、あるとき、星野社長は勇気を振り絞って
「旅館でもっとおいしい料理を出したいと思うのですが・・・」と板長に伝えます。
すると、板長は「お客様は美味しいと言っている」と反論。

確かに味の評価は主観的。指摘するなら客観的なデータが必要だと気づいた星野社長は、第一の鍵「情報公開」を使うことを思いつきました。

外部の調査会社に委託し、顧客満足度調査を実施。食事の味、フロントサービス、部屋、温泉大浴場など、旅館のすべてを調査範囲として、その結果を全社員に公開したのです。

すると、星野社長に指摘されたときには反論していた板長が、顧客に「おいしくない」と言われている調査結果を見た途端、意地になって改善を始めたのです。

「当時、旅館の社員は、会社に対する忠誠心はなく、誰も利益を高めようとは思っていなかったが、自分自身がサービスを提供しているお客様に満足してほしいという気持ちだけは持っていた。どの社員も持っているこの気持ちこそ、経営者が信頼し活用すべき能力だと気づいた。」(星野社長)

その調査結果は、食事以外にも、様々な面で顧客が満足していないことを示していたので、スタッフ全員で数値を少しずつあげることを目標にし、前回よりも数値が改善していたらお互いに褒めあうようにしました。

社員たちは調査結果の公表を楽しみにするように。これだけで、顧客満足度はどんどん上昇し始めたのです。

顧客満足と収益のバランス

顧客満足度の公表を機に、様々なことが好転し始めましたが、さらなる問題が生まれました。

各スタッフが継続して改善に取り組む中で、多くの問題が解決され、残された課題が、お金がかかるものに絞られたのです。

「布団を買いなおさないと」
「食器を交換する必要がある」
「露天風呂を作る必要がある」

などのスタッフからの改善提案。

星野社長は、提案の妥当性は納得し、いつかはやるべき投資だと考えていました。しかし、資金は限られており、改善による顧客満足の向上が追加の収益につながるのか、つながるとしても、新たなキャッシュフローがいつ発生するのか、経営者としてリスクを感じていたのです。

星野社長が、決断できず先延ばしにしていたところ、ある社員から「社長は顧客満足度を本気であげようとしない」と指摘されます。

そこで、この問題を打破するために、星野社長は再び第一の鍵を使います。

顧客満足がどのように収益に結びつくのかというブラックボックスの解明を社員全員で取り組むために、旅館の収益情報を社内で公開することに踏み切ったのです。

企業の存続や社員の生活のために利益を上げることと、顧客満足を高めることによる収益の安定、この2つをバランスよく両立させながらどのように向上していくのかという経営のテーマを社員全員の共通の課題にしたのです。

収益情報の公開により、社員は使えるお金が限られていることを理解するようになり、顧客満足の提案においても「食器を買いなおすと、どのぐらい収益があがるのだろうか?」という本質的な思考が生まれ、有意義な議論ができるようになりました。また、様々な節約の工夫が発想され、やりたいことのために削減すべき他のコストの提案も出てくるようになったのです。

これにより、社員が経営視点で考えるようになっただけでなく、決めたことに対する社員のコミットメントが高まりました。

「自分たちでたどり着いた結論であり、その背景も理解している。なぜこうするのかがわかっているので、実行するチームは最良の結果を出そうという意思を持つようになる」(星野社長)

こうやって、星野社長は自律的なチームを作り出したのです。

まとめ

いかがでしたでしょうか。
自律的な働き方を促すための第一の鍵「正確な情報を全社員と共有する」について、星野社長の事例をご紹介いたしました。

正確な情報を全社員と共有するというやり方は、どんな組織でも企業でも使えます。

誰かが決めたことをやらされることに対して人は抵抗します。
しかし、背景を理解したうえで、自分で決めた計画には反対しないのです。

チェンジマネジメントでは、変革の影響を受ける社員やプロジェクトに関わるひとたちに、自発的に行動してもらえるように、「適切なタイミングで、適切な人に、適切な情報を提供する」ことを非常に重要視しており、そのためのコミュニケーション計画や、客観的な情報を提供するためのアンケート調査や分析などを行います。

その手法は、大きな組織から小さな部署・チームまで使えるものです。

皆さんは、組織で何かを変えるとき、必要なタイミングで、必要な人たちに、必要な情報を提供していますか。

 

参考