デジタルトランスフォーメーション(DX)、M&A(企業合併・買収)、AIやRPAによる業務自動化、サプライチェーンの抜本的な見直し、組織のグローバル化など、目まぐるしい変化の波を、今まさに経験されている方もいらっしゃるのではないでしょうか?
多くの企業は昨今、グローバル化やテクノロジーの進化、顧客ニーズの多様化、新型コロナウィルスによるパンデミックなど様々な変化により、変革を余儀なくされています。そのような変化への適応力を高め、組織変革を成功に導くための手法がチェンジマネジメントです。
この記事ではチェンジマネジメントとは何か、なぜチェンジマネジメントが重要なのか、チェンジマネジメントの成り立ちや最新の状況、チェンジマネジメントのアプローチ、どのようにチェンジマネジメントを進め方など、チェンジマネジメントの基礎についてご説明します。
チェンジマネジメントとは?
チェンジマネジメントとは、組織を「現状」から「目指す状態」へと移行させ、期待するベネフィットを達成するための変革推進手法です。体系的なアプローチを通じて、変革による混乱や変革への抵抗を最小限に抑え、変⾰の影響を受ける人々が、いち早く新しい状態に適応できるように支援します。

日本ではあまり聞きなれない言葉ですが、欧米では組織変革のディファクトスタンダードとして世界有数のビジネススクールでリーダーの必須ナレッジとして教えられ、Fortune 500企業など多くのグローバル企業で採用されています。オーストラリアにおいては、政府が認める職務遂行能力として国家能力基準に定義されているほど、変革には欠かせない手法とみなされています。
チェンジマネジメントの成り立ちと最新トレンド
チェンジマネジメントという分野が確立したのは1990年代ですが、そのルーツは古く、1940年代まで遡ると言われています。
1990年代以前
1948年、心理学者のレスター・コーチとジョン・フレンチは、市場のニーズを満たすため、工場で生産方式を変えようとすると、作業員の「変化への抵抗」による問題が発生し、変革がうまく進まないことに着目。彼らは「人の変化への抵抗」に未然に対処することの重要性を説き、抵抗を抑えるためには、経営層が「なぜ変わらなければいけないのか」を作業員に伝えることや変革の計画策定に作業員を参画させることなどが必要であると結論付けています。このような彼らの考え方は今でもチェンジマネジメントの基本指針となっています。

その後、社会心理学の父クルト・レヴィンの組織変革の3段階のモデルや、精神科医のキューブラー・ロスの「悲しみを受け入れるプロセス」、組織コンサルタントのウィリアム・ブリッジズの「トランジション理論」、組織開発の分野のパイオニアであるリチャード・ベックハードの「変革の公式」など、今のチェンジマネジメントの礎となる研究や組織変革のモデル開発が進みます。
そして1980年代、マッキンゼーのコンサルタント ジュリアン・フィリップスが「チェンジマネジメントモデル」を提唱し、チェンジマネジメントという言葉が生まれます。
1990年代
チェンジマネジメントのコンセプトがビジネスの世界で脚光を浴び、日本でも「チェンジマネジメント」というキーワードを耳にするようになったのは1990年代です。
この頃から「プロセスやシステムなどハード面の導入にフォーカスするだけでは変革はうまくいかない。成功に導くためには、変化に対する人の抵抗(ソフト面)に計画的に対処しなければいけない」という考え方が広まりました。
この時代に提唱されたもので最も有名なのは、ハーバードビジネススクールの教授ジョン・コッターの「変革の8段階のプロセス」です。これは、コッターが100社以上の企業を分析する中で出てきた変革の成功に不可欠な要素をまとめたステップで、チェンジマネジメントを語るうえで、必ずと言っていいほど挙げられるフレームワークです。
1990年代は、チェンジマネジメントがビジネス領域で確立した時代です。変革において「人の変化への反応」に対処することが最も重要であるという認識が一気に広まりました。
しかし、この時代に定義されたプロセスやコンセプトの多くはまだ概念的で、現場で実行できるレベルまで落とし込まれていませんでした。
また、この頃のチェンジマネジメントは欧米のトップダウン型のマネジメント前提としており、日本の企業文化に適応しづらいものであったので、日本ではチェンジマネジメントというキーワードは徐々に下火になっていきました。
しかし、欧米ではこの時代以降、更にチェンジマネジメントが進化します。
2000年代以降
チェンジマネジメント手法が、多くの企業で活用できるレベルまで実践的になったのは2000年代以降です。
この動きを牽引したのはERPシステムなどパッケージシステムの導入プロジェクト。システムに合わせて業務を変更することが求められるようになり、システム導入プロジェクトにおいて、チェンジマネジメントを行うことが一般的になりました。

2010年以降は、外部コンサルタントがチェンジマネジメントの機能を担う時代から、事業会社内でチェンジマネジメント機能を担う時代にシフトします。多くの事業会社でチェンジマネジメント担当や専門部署が設置され、社内でチェンジマネジメントを推進する動きが始まります。
更にこの頃から、トップダウン型のマネジメントスタイルから社員のエンゲージメントを高めることに重きを置いたマネジメントスタイルへと世の中の流れが変わりはじめ、チェンジマネジメントにおいてもその考え方が取り込まれます。
そして、1990年代に生まれたトラディショナルなフレームワークから、脳神経科学等の最新研究をベースにした、社員の自発的なコミットメントを促すチェンジマネジメントアプローチにシフトしていきます。

2010年半ばから、企業はトランスフォーメーションの時代に突入。激しい環境変化に対応するため、変革導入期間は短くなり、同時並行で対処しなければいけないチェンジの数は増え、多くの企業でいかに効率的に素早くに変革を推進するかが企業命題に。
それに伴い、自社内でチェンジマネジメントフレームワークや体制の確立、継続的に変わり続けるためのケイパビリティの向上が重視されるようになります。
あわせてチェンジマネジメントは、Change Management(管理)ではなくChange Enabler (実現するもの・手助けをするもの)であるべきだという意見が、チェンジマネジメントの専門家から頻繁に発信されるようになりました。
現在、新型コロナウィルスによるパンデミックを経て、迅速に変化に対応できないと生き残れないという考え方という考え方がさらに定着し、それを支援するチェンジマネジメントの重要性は今まで以上に高まっています。
なぜ変革にはチェンジマネジメントが必要なのか?
各種調査によると、変革の失敗率は50-75%と言われています。この数字は1990年代から大きくは変わっていません。失敗の主な理由は、変革への抵抗、自分事意識の欠落、変化への適応力不足など「人」の課題。
チェンジマネジメントは、このような人の問題に体系的なアプローチで対処し、このような問題を未然に防ぐ、または最小限に抑えるための手法です。すなわち、適切なチェンジマネジメントの実践は変革の失敗率を下げることができるのです。
チェンジマネジメントの効果を以下の図を使ってご説明します。

システム導入や業務プロセス変更などの「チェンジ」を導入することにより、今よりも生産性を高めたいと仮定します。
左の緑色の線が現状、右の緑色の線が未来の状態です。
チェンジを導入すると、生産性が一旦落ちます。なぜならば新しいことをするのは、慣れていることをするより時間がかかるからです。
チェンジマネジメントを行っている場合、あらかじめこの「生産性の谷」が発生することを想定し、事前に計画を立て対策を打っているので、比較的早く生産性を目指す状態に高めることができます。
しかし、チェンジマネジメントを行っていないとどうなるのか。
事前に対策を打っていないので、運に身を任せるということになります。
ラッキーであれば、谷が浅い状態で生産性を取り戻すでしょう。
しかし運が悪ければ、生産性の谷がチェンジ前の状態に戻らないということもあり得るのです。
具体的には、例えば、
- エクセルを使ってマニュアルで行っていた作業を効率化するために、新しくシステムを導入したが、業務ユーザーから使いづらいとクレームが上がり、エクセルでの業務に戻ってしまった
- 時間をかけて、新しい業務プロセスを定義したが、導入後問題が多発。取引先にまで迷惑をかけるような事故が起こってしまった
など、変革は多くの問題が発生するリスクをはらんでいるのです。
チェンジマネジメントではこのようなリスクに対する対策を事前に打つため、適切なチェンジマネジメントの実践は変革の成功につながります。
変革でなぜ人の課題が発生するのか?
変革における人の課題の要因は様々ありますが、根底にあるのは人は元来変化を嫌う生き物だということ。
人間は本能的に予測可能で安定的な状況を好みます。なぜならば、これから起こることがわかれば、自分の身を守ることができるからです。そのため無意識のうちに現状を維持しようとします。
もちろん、旅行に行く、転職をするなど、変化を求めることもありますが、あくまで先がある程度予測でき、自分で変化をコントロールでき、身の安全を確保できる状態であることが大前提です。
大きな変化、特に組織変革のように自分の意思に反して誰かに変えさせられるということは、不確実性を生みだします。
その不確実性を避けようという無意識の感情が、変化へのネガティブな反応につながります。
チェンジマネジメントでは、変化への抵抗は人間の当たり前の反応で、変革を実施するときにはあらかじめ対策を打つことが必要だと考えています。
変革を成功に導くチェンジマネジメントの3つの要素
変化へのネガティブな反応を抑え、ポジティブな変化を生みだすためには、以下の3つの欠かせない要素があります。

ディスラプション(破壊)
人は変わる必要がなければ変わろうとしません。今の状況で居心地がよければ、できる限り現状を維持しようとします。毎日会社に来て、いつもと同じように働いても問題がなければ、上層部がどんなに「変わらなければいけない」とメッセージを打ちだしても、変わろうとは思わないでしょう。
自発的に変化を受け入れてもらうためには、社員に「現状のままではいけない」と感じさせることが必要です。つまり、社員にとって居心地の悪い状態(ディスラプション)を作り出す必要があります。

ビジョン
ビジョンとは変革の終着点です。ビジョンがなければ、いつ終着点につくのかわからず、どんなに変わろうという気持ちがあっても、いつまで移行期が続くのかわからず、途中で疲弊し燃え尽きてしまうでしょう。そのため、変革の早い段階で明確なビジョンを伝え、変わることへのモチベーションを維持することが必要です。
計画
計画とは、ビジョンに到達するためのステップです。どんなに変わろうという気持ちがあって、ビジョンが明確であっても、ビジョンに到達するための最初の一歩がわからなければ、前に進むことができません。
これら3つの要素は、組織変革において必ず必要になります。
チェンジマネジメントのアプローチ
現在、チェンジマネジメントフレームワークの多くは、データに基づいて意思決定を行うアプローチを採用しています。
当協会においても、
- 情報収集・分析
- 仮説に基づき計画
- 実行
- 実行結果を収集しさらに分析し、また結果を計画に反映し、実行する
というアプローチを使っています。

なぜデータ分析を行うのか?
主に3つの理由があります。
測れないものは管理できない
人の感情という見えづらいものを扱うにあったって、データがなければあてずっぽうで施策を打つことになります。それでは正しい意思決定を行うことができないからです。
変革における人の課題は複雑
人の課題は既知の知識で解決できる技術的問題ではなく、関係性の中で生まれる複雑で困難な課題であり、A社で成功したプラクティスがB社で成功するとは限りません。そのため、実行結果を客観的な情報をベースにレビューし、計画に反映する必要があるからです。
心理的バイアスを取り除く必要がある
人には必ず心理的バイアスがあり、それはときに合理的な判断を妨げます。特に「人の感情」というあいまいで見えづらいものに対して判断するとき、バイアスはかかりやすくなります。できるだけ論理的に最適な意思決定を行うため、客観的な情報を使用します。
上記の理由から、チェンジマネジメントでは影響を受けるステークホルダー(関係者=社員等)を分析するステークホルダー分析、チェンジの影響を分析しリスクを洗い出すチェンジインパクト分析、組織の変革への準備状況を分析するチェンジレディネス分析などを行います。
チェンジマネジメントの5つのプロセス
チェンジマネジメントプロセスは以下の5つのフェーズで構成されています。

診断
現状の課題、なぜ変わらなければいけないのか、どのようなチェンジが必要なのか、チェンジによる影響・リスクは何かを分析し、変革を実行するか否かを決定するフェーズです。
変革のビジョンもこの段階で設定します。
戦略
チェンジ導入のアプローチや戦略を策定するフェーズです。
チェンジの影響を受けるステークホルダー(関係者=社員等)を分析し、彼らの変革へのエンゲージメントを高めるためのアプローチもこの段階で策定します。
計画
社員の変革への抵抗をおさえ、エンゲージメントを高めるための具体的な施策やスケジュールなどの計画を立案します。
導入
チェンジマネジメント計画を実行し、活動の管理・状況のモニタリングを行い、変革の導入を進めます。社員のフィードバックなどを収集し、必要に応じて対策を講じます。
維持
変革は導入して終わりではありません。多くの変革は一旦導入したにもかかわらず定着せず、当初想定していた結果が出ず失敗しています。
チェンジマネジメントではそのようなことを避けるため、変革の導入後、導入状況をモニタリングし、期待するベネフィットを達成しているかレビューし、必要に応じて追加で対策を打ち、目的達成まで対応をし続けます。
どのフェーズも変革には欠かせませんが、特に診断の段階でチェンジの必要性やチェンジによるリスクを分析し早い段階で対策の準備を行うこと、また導入後古い状態に戻ることもあるので、チェンジが定着するところまで計画することが大切です。
チェンジマネジメントフレームワーク
当協会では、以下の4つのワークストリームは変革の成功に欠かせないと考えており、これらのワークストリームをベースに戦略・計画を立て活動を進めます。

Organizational Readiness(組織のレディネス)
組織の属性とチェンジの特性、チェンジの影響を分析し、予想される抵抗やその他のリスクを事前に特定する。
想定されるリスクへの対策を早期に実施・管理することで、リスクを最小化する。
Leadership Alignment(リーダーのアライメント)
組織内のリーダー・マネジャーが、同じ方向性を示し、変革の目標達成のためにアラインしていることを担保する。
Stakeholder Engagement(ステークホルダーのエンゲージメント)
ステークホルダー(社員等)を分析し、モチベーションを高める要因を特定し、変革へのコミットメントを高めるための計画を策定し、自発的な変革への参加を促す。
Sustaining(維持)
チェンジの計画の段階からチェンジを維持するための施策を検討し、チェンジを定着させるためのプロセスや、規程、人事評価制度、システム・ツール等を設計する
まとめ
この記事では以下のポイントご説明いたしました。皆様のご参考になれば幸いです。
- チェンジマネジメントは組織変革を成功に導くために欠かせない手法である。
- チェンジマネジメントの歴史は1950年代にまで遡り、心理学、組織学、経営学などの様々な領域での研究結果に基づき確立した領域である。
- 1990年代に開発されたチェンジマネジメント手法はトップダウン型マネジメントを前提としたものが多かったが、現在のチェンジマネジメントは、神経科学などの研究結果に基づいたプラクティスが中心で、社員のエンゲージメントを高めることに注力している。
- 合理的な意思決定を行うため、多くのチェンジマネジメントプロセスではデータを基にしたアプローチを採用している。
- チェンジマネジメントを成功に導く3つの要素は、ディスラプション(破壊)、ビジョン、計画である。
- チェンジマネジメントの5つのプロセスは、診断、戦略、計画、導入、維持。特に診断の段階でチェンジの必要性やチェンジによるリスクを分析すること、導入だけでなく維持まで考えることが重要なポイント。
- チェンジマネジメントでは4つのエリアを軸に(Organizational Readiness, Leadership Alignment, Stakeholder Engagement, Sustaining)活動を推進する。
参考
- Lester Coch, John R. P. French (1948) Jr. Overcoming Resistance to Change
- Esther Cameron, Mike Green (2020) Making Sense of Change Management: A Complete Guide to the Models, Tools and Techniques of Organizational Change