欧米主導のITプロジェクトに関わる機会が度々あるのですが、最近つくづく「欧米ではチェンジマネジメントが一般化している」と感じます。
以前から欧米では多くのプロジェクトでチェンジマネジメントを行っていましたが、最近はチェンジマネジメントという言葉を聞かないITプロジェクトはないと言っていいほど、当たり前になっています。
欧米における最新のチェンジマネジメント動向
欧米のITコンサルティング企業やベンダーは、システム導入プロジェクトの提案で、プロジェクトスケジュールに「チェンジマネジメント」の活動を盛り込み、体制図にはチェンジマネジメント担当者を組み込み、クライアントである顧客企業に対して、チェンジマネジメント担当者のアサインを依頼します。そしてクライアントもその提案を当たり前のように受け入れているのです。
また世界最大のプロジェクト管理の専門家団体であるPMI(Project Management Institute)もチェンジマネジメントに重きを置くようになりました。団体が2021年に改定したPMBOK®(Project Management Body of Knowledge)ガイド第7版では、これまでの「プロセス」重視の内容から「価値提供」や「原則(Principle)」に基づいた構成になり、その原則のひとつに「チェンジマネジメント」を定義しています。あるべき姿を実現するためには、チェンジマネジメントが必須と考えていることがわかります。
最近の日本におけるチェンジマネジメント
日本においてもここ1、2年、システム導入プロジェクトで、チェンジマネジメントというキーワードを聞くことが増えました。
「なぜ今チェンジマネジメントが注目されているのでしょうか?」という質問をよくいただくのですが、デジタル変革(DX)プロジェクトの多くがうまくいっていないからだとみています。
2018年に経済産業省がまとめたDXレポートの「2025年の崖」の提言を皮切りに、コロナ前から企業のDXへの意識は高まっていました。更にコロナ禍でデジタル化が加速し、現在DX市場は活況です。
以前はシステム導入というとIT担当の課題であると捉えられていましたが、今は経営課題であるという認識が広まっています。そのため、組織横断型やグローバル統合型など複雑なITプロジェクトが増えています。
プロジェクトに関わるステークホルダーが増えると「人」という観点で複雑性が高まります。更に、環境の激しい変化に素早く対応することが求められているため、社員はクイックに結果を出さなければならず、プロジェクトの難易度も上がっています。
これらを踏まえると、人と組織の課題がDXの障壁になっていることがこれまで以上に増え、それを解消するためにITコンサルやシステムインテグレーターがクライアントに対してチェンジマネジメントを提案することが増え、チェンジマネジメントを耳にする機会が増えてきていると考えています。
ITコンサル提案がチェンジマネジメントの勘違いを生んでいる?!
日本におけるチェンジマネジメントの認知度が上がっていることは、非常に喜ばしいのですが、残念ながらチェンジマネジメントの間違った認識が広まってしまうという課題も生まれています。
ITプロジェクトにおいて、外部ベンダーが提案するチェンジマネジメント活動の多くは、成果物として定義しやすい社内のエンドユーザー(社内システム利用者)へのコミュニケーションとシステムのトレーニングにフォーカスしています。
そのため、ベンダーからの提案で初めてチェンジマネジメントを知るクライアント企業は、チェンジマネジメント=コミュニケーションとトレーニングだと勘違いしてしまうことがあるのです。
確かにコミュニケーションとトレーニングはチェンジマネジメントにおいて非常に重要な要素です。しかし本質ではありません。
チェンジマネジメントは、人と人との関係性、人と組織との関係性によって生まれる複雑な課題に対処するための手法です。その本質を捉えぬまま、形だけチェンジマネジメントを行っても期待する効果は出ません。
チェンジマネジメントで扱うのは適応課題
ハーバード・ケネディ・スクールの上級講師であり、IBM、マイクロソフト、マッキンゼー、世界銀行などのアドバイザーも務めるロナルド・A・ハイフェッツは、世の中にある問題のほとんどが「技術的問題」ではなく「適応課題」であると述べています。
技術的問題
これまで成果をあげてきた経験や専門性、さらに私たちの文化、伝統、組織、科学から蓄積された知識を使って解決することができる問題
適応課題
経験や専門性だけでは前に進まない、社会や組織の人々が大切にしている価値観や信念を明らかにし、彼らが変化に適応できるように対処することが求められる問題
適応課題は、例えば経営トップが「デジタル変革で新しい働き方を目指す」と掲げているにもかかわらず、現場が現状の業務プロセスに固執し変えようとしない、部門や部のトップが、経営トップが掲げるゴールに賛同せず現場に異なるメッセージを伝えるなど、これといった解決策が見つからない問題です。
ハイフェッツ氏は、著書『最難関のリーダーシップ』のなかで、適応課題に取り組むこととは「(人々に対して)厳しい現実を直視し、価値観の一部を手放して優先順位をリセットし、過去の忠誠心を見つめ直し、一時的な痛みや失望や恐怖に対処するように突きつけることである」「(適応課題に取り組まなければ)国家、社会、コミュニティ、組織は変化に適応できず、崩壊してしまう」と述べています。
チェンジマネジメントで扱う課題は、正にこの既存の知識や方法で解決できない適応課題なのです。
水面下にある目に見えないものに焦点を当てる
人間の言動や意思決定は、個人の認識や前提など目に見えないものに影響を受けています。適応課題に取り組むには、この水面下にあるものが何なのか、なぜ抵抗するのか、どうしたら抵抗を和らげることができるのか、どうしたら変化に対して前向きに考えてくれるのか、ということを考え、対策を打つことが必要になります。
例えば、システムの導入により業務を大幅に変えなければいけない場合、担当者の人は以下のような不安や恐怖を無意識のうちに抱くでしょう。
- 新しいシステムを使いこなすことができるのか
- 新しいプロセスで今まで生産性を保てるのか
- うまくできなければ今までのように評価してもらえなくなるのではないか
このような目に見えない感情に対処し、変化をポジティブ捉えてもらうために、チェンジマネジメントは、発生しうる人の課題を分析するためのツールやエンゲージメントを高める対策を考えるためのヒントを提供しています。
ITプロジェクトで必要なチェンジマネジメントとは
では、ITプロジェクトでどのようなチェンジマネジメントを行うべきなのでしょうか? どのような点に気を付けるべきなのでしょうか?
実施すべき具体的なチェンジマネジメント施策は、チェンジの特性や組織の特性によって異なります。例えば、チェンジが複雑で組織の変化への柔軟性が低い場合は、変革の難易度が高まるため、主要なチェンジマネジメント対策をすべて実施しますし、変革の難易度が低い、リスクが少ない場合は、必要最低限のことだけ行います。
ここでは、変化がそれなりに大きく、人の課題が発生するリスクがあることを想定してご説明します。
外部ベンダーが行うチェンジマネジメント活動
外部ベンダーが行うことは、クライアントの要求によって変わります。ここではあくまでよくあるケースをお伝えします。多くの場合、外部ベンダーはエンドユーザー向けコミュニケーションやトレーニングを主な目的とし以下の活動を行います。
ステークホルダー分析&チェンジンパクト分析
ステークホルダーを変化による影響度合いや種類に分けてグルーピングし、そのグループごとにどのような影響があるのかを分析
コミュニケーション計画+コミュニケーションコンテンツ作成
上記分析結果をもとに、コミュニケーション計画を行い、プロジェクトニュースレターやプロジェクト全体会等、エンドユーザー向けのコミュニケーションコンテンツを作成
トレーニング計画、マテリアル作成、トレーニング実施
上記分析結果をもとに、必要となるシステムトレーニングやクイックガイドなどを明らかにし、トレーニングマテリアルを作成し、トレーニングを実施
チェンジレディネス分析
プロジェクトのフェーズごとに、エンドユーザーの変革へのレディネス(準備態勢)のサーベイを実施し、エンドユーザーの変化への準備が整っているかを確認
これらのチェンジマネジメント活動は非常に重要であり、やるとやらないとではプロジェクトの成果に大きな差が出ます。
ただこれだけではプロジェクトを成功に導くのは難しい。プロジェクト成功のためには、ユーザー企業側のメンバーが主体になり以下のような活動を行う必要があります。
ユーザー企業主体で行うチェンジマネジメント
1)プロジェクト開始前のチェンジマネジメント
プロジェクト開始前の準備フェーズは、チェンジマネジメントにおいて非常に重要なフェーズです。このタイミングでは以下のような活動を行います。
人と組織に関するリスク分析
変革の難易度・複雑性が組織の変革能力に見合っているか、起こりうる抵抗は何か、どのようにその抵抗のリスクを軽減するのかを分析し、対策を考え、プロジェクト計画に織り込みます。
そもそも変革の難易度が組織の変革能力を超えているのであれば、どんなに頑張ってチェンジマネジメントを行っても成功させることはできません。組織がマネージ可能なレベルの変革なのか確認し、大きなチャレンジがある場合は、予め対処しリスクを最小化する必要があります。
また変革への抵抗は、早めに対処すれば問題の発生を避けることもできますが、対処が遅れれば遅れるほど、打てる手が限られ、問題になるリスクが高まるため、プロジェクトを始める前に対策を練ることが重要です。
トップ層のアライメント
トップのリーダー達がアラインなしに変革の成功はあり得ません。組織変革でよくある課題は、各部門のトップ同士がアラインできていないということ。例えば、管理部門のトップ主導の変革において、営業やマーケティング部門のトップが納得していない、なぜ変革しなければいけないのか腹落ちしておらず協力してくれないなどです。このような課題を初期段階で解消しておかないと導入フェーズで問題が発生します。
主要ステークホルダー(関係者)の巻き込み
変革活動への影響力が大きい人、未来の姿を描くために必要な情報を持っている人等は、変革の成功に欠かせない主要ステークホルダーです。
変革の必要性を感じていない人、変革に反対しそうな人、気難しい人などがステークホルダーだと巻き込みに時間がかかるため、後回しにしてしまいがちですが、その人の影響力が大きければ大きいほど早めに巻き込まないと後でちゃぶ台返しにあう、導入フェーズで協力してもらえずプロジェクトが進まないなどが発生する可能性が高まります。
プロジェクトスポンサー(プロジェクトオーナー)のコミットメント
プロジェクトスポンサーのコミットメントは、変革プロジェクトの必須要件です。
社員に対して変革の必要性、変革によってもたらされるメリットを伝える、上位層メンバーと調整する、現場を鼓舞する、変革のロールモデルになるなど、変革にはスポンサーがとるべきアクションがあります。
忙しいスポンサーにそのようなアクションを気持ちよく実施してもらうためには、推進チームが、スポンサーが実行しやすいようなアクションを定義し、実施のためのお膳立てをし、実施のサポートをする必要があります。
変革推進チーム結成
プロジェクトを行うときにはプロジェクトマネージャー・リーダー、PMO(プロジェクト事務局)が中心になってプロジェクトを推進することが多いと思います。この推進チームに、チェンジマネジメント力を備えた人材を含める必要があります。
具体的には、以下のようなスキル・知識を持っている人たちがチェンジマネジメントに向いているでしょう。
- 上位層のアライメントやコミットメントのための根回しができる
- 人や組織の課題の分析ができるだけの組織に関する知識や分析能力がある
- プロジェクトの目的・ベネフィットなどを受け手の視点に立ち、わかりやすくコミュニケーションできる
- 変革に対する抵抗の理由を把握し、それに対する対策が打てる
- 社内に非公式なネットワークを持っている人または構築できる
1人の人がすべて担当する必要はありません。チームで対応することを想定してチーム構成を考えるのが現実的と言えるでしょう。
2)組織内の人間しかできないチェンジマネジメント
適応課題に取り組むためには、組織の歴史や文化、人間関係など、そのた暗黙の前提になっているものなど、目には見えないものや見えにくいものへの対処が必要です。そのような課題に対処への対処は、組織内の人間にしかできません。外部ベンダーはどんなに優秀であっても組織外の人。できることは限られています。
プロジェクト期間中、プロジェクトメンバーや要件定義・設計に関わる関係者など、様々なステークホルダーに対してチェンジマネジメントが必要になります。
クライアント企業のメンバーは、ベンダー企業にチェンジマネジメント支援を受けていたとしても、主体は自分たちであることを忘れず、チェンジマネジメント活動に一定の時間やリソースをかける必要があります。ベンダーにチェンジマネジメントを丸投げしても絶対に結果はでません。
3)システム導入後のチェンジマネジメント活動
ITプロジェクトでは、システム導入をゴールと捉えがちです。しかし変革の成功はシステム導入ではありません。システムが定着し、以前よりも生産性が高まる、付加価値を提供できるなど、ビジネスに対して価値を生み出してこそ真の成功です。
例えば、みずほ銀行は4500億円かけて8年の歳月をかけて導入したシステムは、導入後数年経ってもいまだ何度も大きな障害を起こしています。この事例は、システムのゴールは導入ではなく、価値を提供することであり、それが達成されるまでチェンジマネジメントの活動は必要であることを示してくれます。
プロジェクトが終わりベンダーとの契約が終わった後も本当のゴールを達成するまで、クライアント企業は、導入後のチェンジの定着状況、導入後に発生した課題などをモニタリングし、必要に応じて是正をし、真の成功までチェンジマネジメント活動を行う必要があります。
まとめ
チェンジマネジメントはコミュニケーションとトレーニングだけではありません。既存の知識や方法では解決できない複雑な適応課題に対処するための手法です。
どんなに優秀で経験豊富な外部コンサルタントであっても、組織内の適応課題を解決することはできません。そのため、ユーザー企業のメンバーがチェンジマネジメントの本質を理解し、主体的に活動することが欠かせません。
当協会では、チェンジマネジメントを行うために必要となる基本的な考え方、おさえるべきポイント、分析や管理を行うためのツールのトレーニングをご提供しています。
ご興味があればお気軽にお問い合わせください。
参考文献
- Guillen, Giovanny. The PMBOK Guide® – Seventh Edition Summary. 2021年10月19日.
- ロナルド・A・ハイフェッツ; マーティ・リンスキー; アレクサンダー・グラショウ. (2017). 最難関のリーダーシップ. 英治出版