「DXが進まない」――そう感じている企業は少なくありません。システムやツールを導入し、教育プログラムを提供し、説明会も行った。
それでも、現場が動かない。行動が変わらない。成果が出ない。
その原因は、「やり方」や「ツール」にあるのではなく、「人」の変化に対するアプローチが十分でないからかもしれません。
DX(デジタルトランスフォーメーション)の本質は単なるIT導入ではなく、働き方や意思決定、組織文化そのものを見直す変革です。
つまりDXは、「技術」と「人」の両方を変える活動なのです。
その鍵を握るのが、チェンジマネジメント(Change Management)という手法。
チェンジマネジメントとは、DXのような大きな変化を進める際に、現場の人々がその変化を理解し、納得し、行動を変えていけるように支援する「人の変化に向き合うマネジメント手法」です。

技術導入=DX(デジタルトランスフォーメーション)ではない
日本では、DXというと「システムの刷新」や「業務の自動化」など、IT寄りの取り組みとして捉えられることが多いようです。
しかし、技術を導入するだけではDXは成功しません。
本当に必要なのは、その技術を使いこなし、新しい価値を生み出す「人」と「組織」の変化です。
新たなプロセスを受け入れ、これまでの仕事の進め方を見直し、行動を変える。
この「人の変化」こそが、DXの成否を分けるポイントなのです。
欧米企業では「人の変化への対策」は必須条件
日本よりもチェンジマネジメントの適用が進んでいる欧米の企業では、DXの取り組みにおいて「チェンジマネジメント」は当たり前のように組み込まれています。
例えば、大規模にDXを推進する場合は、チェンジマネジメント用の予算を確保し、専任のチェンジマネジメント担当者をアサインし、チェンジマネジメントの指標で従業員の変化の受け入れ状況をモニタリングすることが一般的です。
なぜなら、新しいシステムや業務プロセスが導入されても、従業員がそれらを受け入れ、業務で活用している状態でなければ、導入の成果は水の泡になってしまうからです。
たとえば:
- 「前よりも使いにくくなった」と感じる現場からの反発
- 「なぜ変えるのかが腹落ちしていない」という中間管理職の迷い
- 「やらされている」と感じてしまう社員の不信感
こうした声はどの企業でも起こり得るものであり、これを事前に見越し、対話・巻き込み・支援を計画的に行うのがチェンジマネジメントの役割です。
「変化に適応する力」を組織の中に備えることが、DX成功の前提とされているのです。

有名な言葉に、
“Change is not what people resist. They resist being changed.”(人が抵抗するのは“変化”そのものではなく、“変えられること”だ)
というものがあります。
この言葉通り、人は変化そのものではなく、「自分の意志と関係なく変えられること」に強い抵抗を示します。だからこそ、変化を「押し付ける」のではなく、「共に創る」姿勢が必要なのです。
また世界最大のプロジェクト管理の専門家団体であるPMI(Project Management Institute)もチェンジマネジメントに重きを置くようになりました。団体が2021年に改定したPMBOK®(Project Management Body of Knowledge)ガイド第7版では、これまでの「プロセス」重視の内容から「価値提供」や「原則」に基づいた構成になり、その原則のひとつに「チェンジマネジメント」を定義しています。価値を提供するためには、チェンジマネジメントが必須と考えていることがわかります。
このように、「人の変化に向き合うこと」こそが、DXを成功に導く鍵であるという認識は、グローバルでは常識となっています。
チェンジマネジメント=コミュニケーションとトレーニング??
一方、日本では「チェンジマネジメント」という言葉が浸透し始めたばかりで、チェンジマネジメントとは、コミュニケーションとトレーニングだと間違って認識されているケースもあります。
例えば、チェンジマネジメントを以下の活動だと捉えられている場合があります。
- DX前に説明会を開くこと
- 操作マニュアルやトレーニングを提供すること
- 社内ポータルで情報発信すること
もちろん、これらも必要なチェンジマネジメント活動ですが、それだけで人が変わるわけではありません。
重要なのは、現場が「なぜ」「どのように」「何のために」変わるのかを納得し、自ら動き出せる状態をつくること。
それを支える仕組みがチェンジマネジメントなのです。

チェンジマネジメントの重要性
チェンジマネジメントの重要性は、経済産業省やIPA(情報処理推進機構)が発行する企業向けの指針にも明確に記されています。
例えば、経済産業省が2020年に策定した『デジタルガバナンス・コード』では、企業がDXを通じて持続的に企業価値を高めるための原則の中で、「チェンジマネジメント」というキーワードが明記されており、以下のように記述されています:
「文化の違うデジタル人材が弾き飛ばされることや、既存事業を殺してしまうこと(コア事業の人が辞めていく)を避けるため、会社としての戦略を経営者が全社員に説明する等、異なる文化を受け入れていくためのチェンジマネジメントが重要である」
また、IPA(情報処理推進機構)が発行している『DX推進指標とそのガイダンス』においても、「チェンジマネジメント」がDXを成功に導くために不可欠な要素として明示されています。
具体的には、DXを進める際に想定される組織的課題として「チェンジマネジメント力の欠如」が挙げられており、その克服に向けて「経営層のコミットメントと組織横断での推進」「関係者の巻き込みと理解促進」といった施策が求められています。
これらの指針は、DXを単なるIT導入ではなく、「人の変化」を伴う全社的な変革と捉えており、その実現のためにチェンジマネジメントが不可欠であるという立場を明確にしています。
チェンジマネジメントで人の変化を支援するには?
こうした背景を踏まえると、DXの成功には技術面の整備だけでなく、人の感情や行動に丁寧に向き合いながら、組織の変化を前に進めるアプローチが欠かせないことがわかります。
では、人が変化を受け入れやすくなるためには、どのような支援が必要なのでしょうか?
DXのような取り組みでは、業務の進め方や役割、評価軸などが大きく変わることがあります。こうした変化は、単に「やり方を覚える」だけでなく、「慣れ親しんだ価値観や働き方」の見直しが伴います。
人は、新しいことに向き合うときに、「自分にできるだろうか」「評価されなくなるのではないか」「置いていかれるのではないか」といった感情を抱くのが自然です。だからこそ、技術導入と同じくらい、こうした“心の準備”を整える仕組みが必要になります。
そのため、チェンジマネジメントでは、以下のようなアプローチをとります:
- チェンジインパクト分析:誰にどんな影響が出るのかを明らかにする
- ステークホルダー分析:キーパーソンや抵抗が予想される層を把握する
- チェンジレディネス診断:変化を受け入れる準備ができているかを調査する
- スポンサー支援:経営層が変革を後押しする役割を果たすよう支援する
これらは単なるツールではなく、現場の不安や疑念に向き合い、変化への納得感を生み出すための枠組みです。
そして、こうしたプロセスを通じて、人々が自ら変化を受け入れ、行動を変えていけるよう支援していく――それがチェンジマネジメントの本質です。
人の変化が生み出す“成果”
チェンジマネジメントは「人の変化に寄り添う」だけの取り組みではありません。
最終的には、変化を成果につなげるためのマネジメント手法です。具体的には、次のような成果が期待できます:
- システムの定着率が高まる:現場の理解と納得を得たうえで導入するため、「使われないシステム」にならない
- 新しい業務プロセスが機能する:形だけでなく、実際の運用で活用される仕組みになる
- 部門間の連携がスムーズになる:変化の目的が共有されることで、横串の協力が得られる
- 顧客価値の創出スピードが上がる:現場が主体的に動くことで、改善のサイクルが回りやすくなる
人の変化を支援することは、組織の成果に直結する“投資”であり、“戦略”でもあるのです。
DXにチェンジマネジメントを取り入れるときの大切なポイント

DXを成功させるには、単なるシステム導入にとどまらず、組織全体が一体となって“人の変化”に向き合う姿勢が欠かせません。
現場での定着と成果につなげるために、以下のような視点が重要です:
- 上位層が“人の変化”の重要性を理解すること
上位層が変化の旗振り役となり、現場に一貫したメッセージを届けることが変革を前進させる原動力になります。 - チェンジマネジメントの知見やスキルを社内に育てていくこと
プロジェクト単位ではなく、継続的に変化に取り組める組織文化や人材を育てることが、DXの基盤になります。 - “人の変化”に必要な時間と手間をプロジェクト計画に組み込むこと
“こう変わります”と伝えるだけでは、人はなかなか動けません。変化が実際に起きるには、行動しやすくなるような支援や後押しが必要です。そのためのリソース確保が不可欠です。
変化は「導入すれば自然に起きる」ものではなく、「変化が起きるように設計する」もの。
その発想を持つことで、DXは単なるシステム導入ではなく、組織全体の前進へとつながっていきます。
DXを進めるうえで、大切にしたい“人の変化”の視点

DXの成否を分けるのは、技術そのものではなく、それを受け入れ活かしていく“人の力”です。
本記事では、チェンジマネジメントの視点から、なぜ人の変化への支援がDXのカギを握るのかをご紹介してきました。
- DXは「技術」と「人」の両面からの変革である
- 欧米では人の変化に着目したマネジメントが当たり前になっている
- 日本でも国の指針に「チェンジマネジメント」の重要性が明記されている
- 変化への不安や抵抗は自然なものであり、それに向き合う仕組みが必要
- 現場の変化が定着すれば、DXは成果へとつながっていく
人の変化に丁寧に向き合いながら進めていくことは、時間も手間もかかります。
しかし、その積み重ねこそが、技術導入を「本当の変革」に変える原動力になります。
チェンジマネジメントの考え方やスキルを取り入れることは、DXを確実に、そして持続的に前に進めるための強力な武器になります。
もし今、現場の動きに課題を感じているなら、まずは“人の変化”に目を向けることから始めてみてください。
参考文献
- Guillen, Giovanny. The PMBOK Guide® – Seventh Edition Summary. 2021年10月19日.