最近、チェンジマネジメント専門部隊立ち上げ支援のご相談をいただくことが増えています。
コロナや近年の地政学的リスクなどから、多くの世界的企業において、一部の地域が局所的に変わるのではなくグローバル全体で変わらなければいけないという意識が改めて高まり、そしてその変革を実現する手法として、チェンジマネジメントが再び脚光を浴びています。その流れを受けて日本においても、特に外資系企業様を中心に専門部隊の立ち上げが増えているようです。
とはいえ、まだ日本では、手法や機能としてのチェンジマネジメントは一般的ではなく、専門組織を軌道に乗せるには様々な困難があります。
そこで今回は、チェンジマネジメントの専門組織がなぜ必要なのか、どのようなことを担うのか、組織立ち上げの一番の壁は何か、組織の定着化のためにまず何をすべきかをお伝えします。
なぜチェンジマネジメント専門組織が事業会社で必要なのか?
なぜチェンジマネジメントの専門部隊をあえて事業会社内で設立するのか、それには大きく3つの理由があります。
外部人材任せではうまくいかない
欧米でチェンジマネジメントが広まったきっかけは大規模システム導入。1990年代、SAP、Oracleなどのパッケージ型のERPシステムに合わせて既存の業務プロセスを変えることが主流となりました。しかし、実際には現場がチェンジを受け入れられず、プロセス変更を伴うシステム導入がなかなかうまくいかない。そこでコンサルティングファームやシステム会社は「システム導入にはチェンジマネジメントが必要」と謳い、システム導入とセットでチェンジマネジメントを提案するようになります。この流れで、チェンジを伴うプロジェクトの際に、外部からチェンジマネジメントの専門家を呼ぶことが一般的になりました。
しかし、コンサルタントは外部の人間。社内の主要ステークホルダーとの関係性はなく、社内の変化への抵抗にひとつひとつ対応するということも難しい。そのため、本当の意味でのチェンジマネジメント、すなわち抵抗マネジメントや人の課題で発生した問題への対策までを担うことはできません。
加えて、コンサルタントはプロジェクトが完了すれば、顧客企業のもとを離れます。結果、プロジェクトで培ったチェンジマネジメントのノウハウは自社に溜まらず、他のプロジェクトで活かされることもありません。
このような状況では、会社としての変革力をつけることはできない、社内人材でチェンジマネジメントをする必要があるという認識が広まりました。
一部の社員だけの活動ではうまくいかない
チェンジマネジメントの世界では、少数精鋭の人材が「変革を牽引する」形ではチェンジマネジメントはうまくいかないと考えられています。
つまり、リーダーやPMO(プロジェクト事務局)だけがチェンジマネジメントの考え方、手法を知っているだけでは、チェンジマネジメントは達成できないということ。
チェンジマネジメントの権威として名を馳せたハーバードビジネススクールの名誉教授 ジョン・コッターは、1990年代少数精鋭のリーダーシップチームのトップダウン型のチェンジマネジメントアプローチを提唱しました。しかし、最近の著書「CHANGE 組織はなぜ変われないのか」のなかで、彼は次のように述べています。
変化の速い世界により適した方法論とは:今日の世界で、変革を妨げるすべての障壁に対して、十分なスピードで、対処するのは簡単ではない。それをおこなうためには(中略)関連するすべての部署の、そして組織階層の最上層部から現場レベルまでのすべての人たちの力が必要とされる。(中略)エンゲージメントをもった大勢の人たちがいなければ(中略)重要な変化をすべて把握することができない。(中略)また、十分なエンゲージメントをもった人たちがある程度のリーダーシップを発揮しない限り、戦略による変革を妨げる現代型組織の障壁をすべて迅速に乗り越えることは不可能だ。現代型組織では、流れてくる情報の量、働きかけなくてはならない人たちの数、必要とされるコミュニケーションの量、そして理にかなった変革の妨げになる人物や既存の方針や部署の壁があまりに多いのだ。
CHANGE 組織はなぜ変われないのか(2022年, ダイヤモンド社)
つまり、エンゲージメントをもった大勢の人たちが、リーダーシップを発揮し、チェンジマネジメントを行わなければうまくいかないと彼は述べています。そのためには、社内の大勢の人たちが、チェンジマネジメントを理解したうえで、実践する必要があります。このような考え方は、コッターだけでなく、多くのチェンジマネジメントの専門家の共通認識です。そのため、チェンジを推進するための土台としてのナレッジを社内で広めていく、チェンジマネジメントのエバンジェリストとしての役割が必要とされています。
チェンジが特別なことではなくなった
かつて変化が今ほど頻繁に発生しなかった頃、チェンジマネジメントはトップダウン型の大規模変革の際に行う特別なものという位置づけでした。しかし日々様々な変化に対応しなければいけない昨今、チェンジマネジメントは特別なことではありません。日常の業務の中で、当たり前のこととして対応すべきことです。
そのため、チェンジマネジメントも、人事やサプライチェーンなどの一般的な定常業務の機能のひとつとみなされるようになり、チェンジマネジメントの専門組織や担当がつくられるようになったのです。
チェンジマネジメントの専門組織・担当者の役割
チェンジマネジメント専門の組織・担当者の役割は企業によって様々ですが、大きくは以下のような機能に分かれます。
プロジェクトのチェンジマネジメントを支援
プロジェクトリーダーやPMO(プロジェクト事務局)と共に、プロジェクトにおける人・組織の課題を解決するために、チェンジマネジメント実践者として、プロジェクトを支援する機能。
プロジェクトの主要ステークホルダーの特定、チェンジの影響分析、コミュニケーション計画と実施、トレーニング計画と実施などを担います。
社内チェンジマネジメントのCoE(センターオブエクセレンス)
社内のチェンジマネジメントの知識・ノウハウを蓄積し、社内標準のチェンジマネジメントプロセス・ツールを定義し、それらリソースの社内における活用を推進する機能。
プロジェクトチーム内で、別にチェンジマネジメント担当がいる場合は、それらのリソースを共有や活用サポートをすることで、間接的にプロジェクトを支援します。
また、社員に対するチェンジマネジメントトレーニング、変革推進の鍵である管理職のコーチングなども担当することもあります。
社内の変革活動の可視化支援
社内で今どのような変革活動が走っているのか、進捗状況はどうなのか、従業員のチェンジの受け入れ状況は順調に進んでいるのかなどをトップマネジメントや意思決定者が把握できるようダッシュボードを提供します。
特に近年、チェンジマネジメントにおいて問題になっているのは、社員の「変革疲れ」。通常の業務の以外に、複数のプロジェクトを同時並行で進めることを求められ、対応しきれず疲弊する社員が増えています。
そのような問題に対処するために、社内の変革の状況やどの部署が各変革に携わっているのかをダッシュボードで把握し、変革活動に優先順位をつけるということも行います。
このように、チェンジマネジメント専門部隊は、鳥の目、虫の目、魚の目で、社内の変革を様々な角度からサポートし、組織の変革力の強化に貢献するのです。
チェンジマネジメントにおける日本独特の壁
組織の変化への柔軟性を高めるために欠かせないチェンジマネジメント。しかし、それを組織的に広めるには、日本には欧米にはない独特の大きな壁があります。それは、手法としての「チェンジマネジメント」の認知度が低いということです。
日本においてチェンジマネジメントというと「人の抵抗・課題に対処すること」や「主要ステークホルダー(関係者)と下ネゴをしておくこと」などの概念的な意味合いで使われることが多い。そのような概念としてのチェンジマネジメントの認知が逆に壁になり、手法・機能としてのチェンジマネジメントを理解してもらいづらいというチャレンジがあるのです。
更に、日本は自前主義の傾向にあります。NIH(Not Invented Here)症候群 (「ここで発明されたものではないから受け入れない」症候群)と言ったりしますが、要は欧米では一般的な手法であっても「欧米と日本はそもそも違う。日本には独自のやり方があるから海外のやり方は通用しない」と言われ、聞く耳を持ってもらえないというケースもあります。
日本においては「チェンジマネジメントの必要性・有用性」を理解してもらうことが最初の大きなハードルになるのです。
チェンジマネジメント組織を定着させるためにまず必要なこと
では、チェンジマネジメント組織の社内認知度を高め、頼られる存在になるために、何をすべきでしょうか? 当協会では最初にすることとして次の3つをご提案しています。
主要ステークホルダーと関係構築する
チェンジマネジメントを社内で推進するためには、社内で影響力が大きい主要ステークホルダー、特に上層部のサポートが必要です。社内で何か変革プロジェクトが発足したときに「その活動を推進するにはチェンジマネジメントが必要だろうから、まずチェンジマネジメント部隊の○○さんに相談してみなさい」と主要ステークホルダーがプロジェクトマネージャー・リーダーに伝えるという状況をつくれれば、チェンジマネジメントチームが関われるプロジェクトが増えます。逆に言うと、このようなトップの後押しがないと、なかなか現場との関わりをつくることができず、成果を出す以前に、土俵にも上がれないということになります。
そのためには、まず主要ステークホルダーとの関係性づくりが必要です。社内で主要ステークホルダーは誰なのかを洗い出し、その人たちの興味・関心を理解した上でアプローチし、チェンジマネジメントを理解してもらい、関係構築する必要があります。
教育を提供する
チェンジマネジメントとは何か、なぜ重要なのかの理解が社内で広まらなければ、その価値を広めるのは難しいと言えるでしょう。そのため、チェンジマネジメントのセミナー・勉強会などを実施し、チェンジマネジメントの必要性を理解する支持者・支援者を増やすことが大切です。
クイックウィンを作る
形の見えないものを理解することは難しい。概念だけを伝えても、腹落ちしてもらうところまで持っていくのは至難の業でしょう。チェンジマネジメントの有用性を理解してもらうには、初期段階で形に見えるもの、つまり成果(=クイックウィン)を提示する必要があります。
何がクイックウィンになるのかをしっかりと見極め、それに対して必要なリソースを投入し、結果を見せることが、チェンジマネジメントの組織の定着化に役立つでしょう。
まとめ
日本においてチェンジマネジメント組織を定着させること自体、チェンジマネジメントが必要です。一足飛びに定着化させることは難しく、忍耐強く一歩一歩地道に進めることが鍵になります。
まずは、主要ステークホルダーと信頼関係を構築し、チェンジマネジメントの社内の理解を浸透させ、小さな成功でその効果を実感してもらうということから始めることをおすすめします。
ご参考になれば幸いです。
参考
- ジョン・P・コッター, バネッサ・アクタル, ガウラブ・グプタ (2022). CHANGE 組織はなぜ変われないのか. ダイヤモンド社.