組織で変化を起こしたい――そう思っても、どこから手をつければよいのか分からない。そんな課題意識から、「チェンジマネジメントを学んでみよう」と思い立った方も多いのではないでしょうか。

しかし実際に調べてみると、理論やフレームワークは多岐にわたり、「結局、自分に必要なのはどれなのか?」「自分の課題とどう結びつくのか?」と悩んでしまう方も少なくありません。

なぜなら、チェンジマネジメントの中心テーマは「人の意識や行動を変えること」。これは組織活動の中でも特に複雑で難易度が高く、「これさえやればうまくいく」といった絶対的な正解が存在しないからです。

チェンジマネジメントは、組織内の人々が新しいやり方を受け入れ、活用し、成果を出すための、体系的かつ人間中心のアプローチです。その目的は、「変化がもたらす価値や成果を、確実に実現すること」。

この複雑なテーマを整理するために有効なのが、「個人」「組織(プロジェクト・活動)」「変革的」という3つのレベルに分けて捉えるという視点です。どのレベルの変化を扱っているのかを明確にすることで、必要な支援の構造やアプローチを見極めやすくなります。

本記事では、この3つのレベルごとに、チェンジマネジメントがどのように設計・活用されるべきかを、具体的なフレームやツールとともに紹介します。チェンジマネジメントをより本質的に理解し、現場で活かすための一助になれば幸いです。

チェンジマネジメントの3つのレベル

「変化」と一言でいっても、その対象や影響の範囲は様々です。特にチェンジマネジメントにおいては、何をどのレベルで変えようとしているのかを明確にすることが、効果的な支援や戦略設計の出発点となります。
ここでは、チェンジマネジメントを実践する際の基本的な見取り図として、「個人」「組織」「変革的」という3つのレベルの違いを整理して紹介します。

  • 個人レベル:一人ひとりの認知や行動に働きかけ、内面からの変容と定着を支援する
  • 組織レベル:システム、プロセス、制度の変更、新規導入など、明確な目的とスコープをもつ変化をプロジェクトや取り組み単位で設計・実行する
  • 変革的レベル:文化・価値観・自律性など、組織の「存在のあり方」そのものに関わる、長期的かつ継続的な変革を扱う

この整理をふまえ、次のセクションで、それぞれのレベルごとの特徴や課題、主なアプローチやツールについてご説明します。

個人のチェンジマネジメント

個人のチェンジマネジメント

組織の変化は、突き詰めれば「個人の変化の集合体」です。どれだけ制度やツールを整えても、一人ひとりが納得し、理解し、行動に移さなければ、変化は定着しません。

このレベルでは、心理的抵抗や納得感、モチベーションといった内面的な要素にどのように働きかけるかが重要なポイントになります。つまり、一人ひとりが変化にどう向き合い、どのように行動を変えていくかに焦点を当てます。

変化・変革を推進する立場にある人は、従業員が前向きに変化を受け入れられるよう、何が必要かを見極め、どのようにビジョンや意義を伝えるかを考える必要があります。人々に響くメッセージとは、単なるスキルの習得を超えて、行動変容につながるものであるべきです。

このレベルでは、心理学や行動科学の知見を活用し、変化の長期的な定着を支援していきます。

目的

対象者が変化に向き合い、自発的に行動変容を起こすことを支援し、変化の定着と成果創出につなげる

スコープ

個人の認知・感情・行動のレベルでの変化。主に内面・心理的プロセスに焦点

焦点

個々人の認知、感情、行動の変容、抵抗対策、学習と能力形成

主な関与者

対象者本人、上司、変革推進担当者、人事・教育部門

主な課題

心理的抵抗、変化への不安、納得感の欠如、動機づけの困難、行動変容の定着

主なアプローチ

行動主義的アプローチ

行動の変化に焦点をあてたアプローチです。望ましい行動を強化し、望ましくない行動を減らすことで、変化を定着させます。習慣化やフィードバックループ、行動目標の設定などに活用されます。

認知的アプローチ

人は「どう考えるか」によって行動が変わる、という前提に基づくアプローチです。思い込みや非合理的な信念に気づき、それを書き換えることで行動や成果を変えていきます。リフレーミングや目標設定などが代表的手法です。

精神力動的アプローチ

変化に対する感情、過去の経験、無意識の反応など、内面の力学に注目するアプローチです。変化に伴う不安や抵抗の背景を理解し、自己洞察を深めることで、持続的な変化につなげます。

人間性心理学的アプローチ

人は本来、成長や自己実現を求める存在であるという考え方に基づき、内発的動機や強みを引き出すアプローチです。共感的な関わり、自己選択の尊重、フィードバックなどを通じて、個人の可能性を高めます。

主なモデル・ツール

  • トランジションモデル(ウイリアム・ブリッジズ)
  • チェンジカーブ(キューブラー・ロス)

実践のヒント

  • 変化・変革の理由とメリットを明確に伝える
  • 早期かつ明確な情報提供を行い、変化の影響を具体的に伝える
  • 一人ひとりの役割の重要性を理解してもらう
  • 意見やフィードバックを促し、参加を促す
  • 必要なスキルや知識の習得を支援するための研修や機会を提供する
  • 進捗や達成を称える

組織のチェンジマネジメント(プロジェクト・取り組み)

個人の集合体であるチームや部門、あるいはプロジェクト単位での変化には、構造的な設計が不可欠です。ステークホルダーの関与、影響範囲の可視化、定着支援といったマネジメント視点が求められます。
まず、組織の変化への準備状況を評価し、実行計画を策定したうえで、関係者への情報発信を行います。そして、変化の進捗や成果を継続的に確認・モニタリングしていくことが重要です。
また、組織構造や役割、業務への影響を可視化し、関係者の巻き込みと定着のプロセスを設計する必要があります。
このレベルでは、DX推進や制度改革、M&A後の統合といった、明確な目的とスコープを持つ変化・変革を推進することが求められます。多くの場合、これらの取り組みは、目的・スコープ・期日が明確に定義された“プロジェクト”として実行されます。
例としては、人事制度改革プロジェクトにおいて新しい評価制度の定着を図るケースや、ERP導入に伴う業務プロセスの変更に対して現場の適応を支援するケースが挙げられます。

目的

プロジェクト・取り組みの導入・定着と成果創出

スコープ

システム、プロセス、制度などの変更・新規導入(制度改定・新システム導入・業務プロセス改革など)

焦点

ステークホルダーの巻き込み、チェンジレディネスと抵抗管理、導入から定着へのプロセス設計

関与者

プロジェクトマネージャー、プロジェクトチーム、関連部門、現場メンバー、スポンサー

主な課題

現場の納得・定着、ステークホルダー間の温度差、習慣化の壁

主なアプローチ・ツール

  • チェンジマネジメント計画
  • チェンジインパクトアセスメント(影響範囲の可視化)
  • チェンジレディネスアセスメント(変化への準備状況評価)
  • ステークホルダー分析・マッピング
  • スポンサー行動計画
  • コミュニケーション&教育計画(トレーニング計画を含む)
  • 成功指標の設定と定着支援設計

典型的なプロセス

  • チェンジインパクトの把握と可視化(影響分析)
  • ステークホルダーの特定とエンゲージメント計画の設計
  • スポンサーシップの強化と行動支援
  • コミュニケーションと教育・トレーニングの計画と実行
  • 定着状況のモニタリングとフィードバックループ

代表的なモデル

  • レヴィンの3段階のモデル
  • コッターの8段階のプロセス
  • ブロックとバッテンの計画的変革モデル
  • ベックハードとハリスの変革の方程式
  • ナドラーとタッシュマンの整合モデル
  • ブリッジズのトランジション・マネジメント

成果指標

導入・定着・活用度、KPI/KGIの達成

実践のヒント

  • 明確で説得力のある変化・変革の必要性、目的を定義する
  • 影響を受けるステークホルダーを特定し、巻き込む
  • タイムリーかつ適切な情報を提供するコミュニケーション計画を策定する
  • 期限、マイルストーン、責任分担を含む実行計画を立てる
  • 進捗をモニタリングし、必要に応じて計画を調整する
  • 成果やマイルストーン達成を称える

変革的なチェンジマネジメント

最も難易度が高く、かつ組織全体に大きな影響を及ぼすのが、この変革的レベルです。事業の在り方や組織のパーパス、社員に求められる価値観や行動様式など、組織の「土台そのもの」を見直し、再構築するような取り組みが該当します。

たとえば、ビジョンの再定義、文化変容、組織能力の内製化といったテーマに取り組む際には、長期的かつ継続的な視点と、全社的な巻き込みが不可欠です。

このレベルでは従来の方法論がそのまま通用しないことも多く、試行錯誤を重ねながら方向性を見出していくプロセスとして捉える必要があります。変化はあらかじめ設計されたものではなく、対話や共創を通じて形づくられていくものだからです。

終わりのない進化を前提とし、価値観・構造・行動のすべてに働きかけながら、変革の土台を築いていきます。ここでは、戦略、文化、アイデンティティ、価値観といった「組織のあり方」そのものを問い直し、継続的に進化し続けることが求められます。

プロジェクトのように明確なゴールや期限があるわけではなく、方向性を繰り返し見直しながら進めていく、開かれた変革のプロセスです。

例としては、会社合併後の統合に際して、パーパスを再定義し、部門間の文化を統一していくケースや、トップダウン中心の組織から自律分散型のカルチャーへと移行する取り組みなどが挙げられます。

目的

組織文化、事業モデルなどの再構築を通じて、持続的な変革力を育むこと

スコープ

組織の文化、価値観、パーパス、ビジョン、組織風土、事業モデルなど“存在のあり方”に関わる変化

焦点

パーパス・ビジョンと戦略の整合性、組織文化の再構築、自律的変化と持続的適応能力の醸成

主な関与者

経営層、人事・経営企画、ミドルマネジメント、全社横断のリーダー、カルチャー推進チーム

主な課題

組織に染みついた慣習やマインドの刷新、パーパスと行動の乖離、理念の形骸化

主なアプローチ・ツール

  • 方向性の再定義と浸透支援
    • ビジョンとパーパスの再定義
    • ストーリーテリング、対話設計
    • 継続的な意味づけの仕組み(ナラティブ形成)
  • 文化・価値観への働きかけ
    • カルチャーチェンジの設計
    • 「学習する組織」(センゲ)等の導入
    • 組織学習の仕組みの構築
  • 組織横断の推進体制
    • スポンサーシップとリーダーシップ行動
    • チェンジネットワーク/チェンジエージェントの育成
    • チェンジポートフォリオマネジメント
  • 継続的な適応力の強化
    • 変革能力の内製化(チェンジマネジメント実践者育成、習慣化)
    • 継続的なレディネス診断・フィードバックループの組み込み

成果指標

行動変容・共通価値の浸透、チェンジケイパビリティの強化

実践のヒント

  • トップの「変わる覚悟」を示す
  • 現場との対話を重ね、“共創”でビジョンを描く
  • 変化を「小さな実験」として始める
  • ストーリーを通じて意味づけを行う
  • チェンジエージェントを育て、ネットワークを形成する
  • 定期的に「変わる意味」を問い直す場をつくる

まとめ

変化は、すべての組織にとって避けられないものです。環境がめまぐるしく変化する今、変化への対応力が企業の競争力を大きく左右します。

チェンジマネジメントは、単なる手法の導入ではなく、「誰のために、何のために、どのように変わるのか」を明らかにし、一人ひとりが納得して前を向ける変化を実現するための、人間中心の取り組みです。

本記事では、変化への取り組みを3つのレベル――個人、組織(プロジェクト・取り組み)、変革的――に整理してご紹介しました。自社で起きている変化がどのレベルに該当するのかを捉えることで、課題の所在や必要な支援の方向性がより明確になっていきます。

変化に向き合う道のりは、決して一足飛びではありません。対話や試行を重ねながら、一歩ずつ進んでいくことが、やがて持続可能な組織づくりにつながります。変化を受け入れるだけでなく、それを未来への可能性として捉える姿勢が、これからの組織に求められています。

当協会では、企業の変化・変革を支援する以下のようなサービスをご提供しています。

  • 組織の変化レベルを診断し、課題を可視化するチェンジ診断
  • 状況に応じて設計するオーダーメイド型の企業研修・ワークショップ
  • 実践的に学べるチェンジマネジメント講座

もし、変化・変革への取り組みやその進め方にお悩みのことがあれば、ぜひお気軽にご相談ください。貴社の現状やご関心に合わせて、最適なアプローチをご一緒に検討させていただきます。

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