- 目の前に問題があるのは明らかなのに、説明してもどうも相手に響かない
- 論理的に事実にもとづいて話をしているのに、相手に納得してもらえない
そんな経験はありませんか?
組織で何かを変えるとき、チェンジマネジメントが必要なとき、事実やデータを使い、関係者や社員にコミュニケーションします。複数の関係者の理解を一致させるためには、主観的な情報だけでは、同じ認識の上で話ができないからです。できるだけ誰もが同じ理解になるよう客観的な情報をチェンジマネジメントでは使います。
しかし、事実を効果的に使うには工夫が必要です。状況によって使い方を考えないと、効果が出ないだけでなく、場合によっては逆効果になることがあります。
今回は
- なぜ事実では人は動かないのか
- 事実を使って説得するときどのような点に気を付けるべきなのか
をお伝えします。
事実を使った説得は効果がない?
事実を使った説得は、相手がその事柄についてこだわりがない場合は効果があります。つまり、相手が感情的・認知的な執着を持っていない場合、しっかりと植え付けられた行動(=習慣)に紐づいていなければ効果を発揮するということです。
例えば、習慣的に喫煙をしている人に対して、喫煙による健康影響のデータを提示してもあまり効果が得られないというケースがこれに当てはまります。
以前社会科学の領域では、「十分な情報の提供により、人を納得させることができる」という考え方 Information deficit model (情報欠落モデル)が広まっていました。
先ほどの例を使うと、タバコによる影響のデータを十分に提供すれば、人を納得させることができるという考え方です。
しかし近年、影響力に関する研究調査が進み、この考え方は妥当ではないという調査結果が数多く出ています。
人間は自分の意見を裏付けるデータを求める
論理的に説明しているのに、相手に理解してもらえない。
そう感じたときは、相手の頭の中で確証バイアスが働いているかもしれません。
確証バイアスとは、自分の意見を裏付けるデータばかりを求めてしまう人間の本能的な傾向のことです。確証バイアスは数々の人間が持つバイアスの中でも特に強いと言われています。
そもそも人間は「一貫性」を求める生き物です。自分が信じていることの一貫性を保てれば、それ以上そのことについて考える必要がなくなるので、本能的に一貫性を求めます。信じていることの確証を深めてくれるデータを無意識のうちに探し、自分の信じていることに反する情報は頭に入ってこないようにするのです。
さらに、この確証バイアス、分析力が高い人の方がかかりやすいことが判明しています。分析力が優れている人ほど、情報を都合のいいように解釈する能力が高くなり、無意識のうちに自分の意見にあわせてたくみにデータをゆがめてしまう傾向があるのです。
事実の提示が裏目に出るバックファイア効果
さらに事実を提示すると逆効果になるという研究結果も出ています。
アメリカミシガン州大学の政治学者 ブレンダン・ナイハン(Brendan Nyhan)教授によると、受け入れたくない事実を提示されたとき、人は見方を変えることを拒むだけでなく、自分の意見をより強固にする可能性があると発表しています。これをバックファイア効果(Backfire effect)と言います。(バックファイア=逆火)
事実のバックファイアは大きく2つのケースに分けられます。
①実際には事実でない反対意見を変えるために、事実を伝えるが失敗する(例:「受動喫煙では肺がんになるリスクはない」という意見に対して受動喫煙による肺がんのリスクの情報を提示する)
②反対意見がイデオロギーに関わる場合、事実を提示することで相手は自分の意見により固執するようになる(例:「子供には母親が必要なので女性は子供ができたら仕事を辞めて子育てに専念すべきだ」と考えている人に対して、その意見を覆すデータを示すと、かえって「女性は子育てに専念すべき」という考えが強くなる)
どのように事実を説得に使えばいいのか
バックファイア効果を避け、事実を効果的に使って相手の意見を変えるにはどうしたらいいのか。
まず大前提として、相手が何に抵抗しているのか何にこだわっているのかを事前に把握しておくということが重要です。相手の頭の中で何が起こっているのか理解せずして、人の行動や信念に影響を与えることはできません。
そのうえで、事実による説得をより効果的にするやり方を4つご紹介します。
最初に事実を伝える
説明を「①あなたはこれを信じていると思いますが、②事実はこうなんです」という順序にすると、最初に話した「①相手が信じていること」のほうがより相手の記憶に残り、議論が①の情報を軸に展開されます。また、相手が信じていたことが間違っていたというメッセージを伝えることになるため、相手の抵抗感が強くなります。
まずは事実を提示し、事実が事実であるということを受け入れてもらってから、その事実に対する推論を提示することで、事実を軸に話を展開することができます。
情報はできるだけ少なく
たくさんの情報は人に負担をかけ、混乱させます。さらに無理矢理意見を変えさせようとしていると受け取られかねません。そのため、提示する情報はできるだけ少なく、相手が理解しやすいものを提示します。
イメージを使う
ナイハン氏の調査によると、グラフィカルデータの方がテキストデータよりも効果が高いという結果が出ています。説明をするときには、写真、動画、インフォグラフィック(情報画像)を使うことをおすすめします。
自己肯定感を与える
ナイハン氏の調査結果は、人は自己を肯定してもらっていると感じると、新しく与えられた情報について考慮する傾向が高くなることを示しています。相手にとって心地よい状態をつくれば、人は話を聞き、相手を不安がらせたり脅したりすると、人は話を聞かなくなります。「喫煙により肺がんのリスクが高まります」というように脅しても、その情報を避けるようになるだけなのです。
ですが、相手の話を聞き「確かにあなたの言っていることは一理ある」というように、相手の意見を受け入れ、肯定感を感じさせることが肝になります。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
組織内で何かを変えるとき、チェンジマネジメントを実施するとき、ファクトを使うことは非常に重要です。
ですが、うまく使わないと狙った効果が出ない、逆効果になるということがあるため、対策を練るときに、上記のポイントを参考にしていただければ幸いです。
参考
- Paul Gibbons (2019) The Science of Organizational Change, Phronesis Media
- Brendan Nyhan and Jason Reifler (2010) When Corrections Fail: The Persistence of Political Misperceptions, Political Behavior Vol. 32, No. 2 (June 2010)
- Stephan Lewandowsky, John Cook (2020) Debunking Handbook, Center for Climate Change Communication