本連載「チェンジリーダーズ」は、組織の変革を実践したリーダーの方からお話を伺い、企業のチェンジマネジメント実行のためのヒントを探る企画です。 

初回となる今回は、漢方・生薬製剤等の販売製造会社、株式会社ツムラで全社への理念浸透や企業文化醸成に取り組み、現在は株式会社リョウコンサルティングの代表取締役として、多くの企業の組織改革に携わる村田亮市氏に日本チェンジマネジメント協会の柊がインタビュー。ツムラで、どのように理念の浸透をすすめたのか。さまざまな企業に支援をする上で大切にしている考え方やポイントを伺いました。 


株式会社リョウコンサルティング
代表取締役

村田亮市(むらた りょういち)

明治大学 政治経済学部卒業。1985年 株式会社津村順天堂(現・株式会社ツムラ)入社。医薬営業本部にて営業所長、管理部長、支店長を歴任。執行役員 医薬営業本部長、執行役員 秘書室長、総務部・法務部・ヘルスケア部担当を経て、執行役員 ツムラアカデミー室長に就任。2025年 株式会社リョウコンサルティングを設立。

やり方ではなく、目指すところを共有する大切さを実感した過去の経験 

部下が萎縮し、「もの言わぬ組織」になっていった営業時代 

― まずは村田様のこれまでのご経歴、現在の活動内容についてお伺いできますか?(柊) 

村田様:大学卒業後、津村順天堂(現・ツムラ)に入社しました。ツムラでは30年以上営業職を経験し、その後、秘書室長、ツムラのアカデミー室長として、全社の理念浸透などに取り組みました。 現在は退職後立ち上げた自身の会社で、ファシリテーターやアドバイザーとして、さまざまな企業の経営へのアドバイス、組織開発・人財育成のサポートをしています。 

―営業としてお仕事をなさっている当時は、部下の育成や組織のマネジメントについて、どのようなお考えをお持ちでしたか?(柊) 

村田様:当時は、いかに私自身が正しいと思うやり方で部下にも仕事をさせるか、という考え方でした。自分が言う通りにやれば必ず成功する、できないのは違うやり方をしているからだと思っていたんですね。そのため、目標を達成していない部下がいると、理由を問い詰め、厳しく管理をしていました。 部下の方に謝罪したい気持ちです。

そうしたやり方を続けていると、部下は萎縮し、だんだんと「もの言わぬ組織」となっていきます。そのうち、何かあった際に部下に質問をしても「はい」しか答えが返ってこなくなりました。部署としての成績は良かったものの、だんだんと自分自身も辛くなり、どうしたらいいのか、と思い悩んでいました。 

人は承認されるとやる気になり、自ら動くと実感

今からは想像ができませんが、村田様でもそんなお考えだった時代があったんですね。(柊) 

村田様:そうですね。私自身も、なんとかこの状況を変えなければ、と考えていたものの解決策が見つからず、ある時、知り合いに相談してみたんです。その人は私に、「一人の力をまず『1の人は1を、10の人は10』出すことが大事だ」と言いました。それができれば、1の力はいずれ2になり、5になり、10になり…と、10の人は20にも30にも必ず大きくなっていくと。 

そして、「それなのに、多くの組織は1をマイナス5にしたり、10を3にしたり、本来ある力を落としてしまう。もっと相手を認めて愛情を注ぐことができれば、きっと伸びるはずだよ」と諭してくれました。 

その言葉を聞いて、私は接し方を変えてみました。目標10に対して8しかできていない場合、できていない2について問いただすのではなく、「8できたんだね」と声をかける、というやり方です。すると、部下から「あと2できていません。必ず今後達成したいと思います」という言葉が返ってきました。このとき、人って承認したらやるんだな、言わなくても今後どうすべきかをわかっているんだということを初めて実感できたんです。それまでは自分と同じ人を作っていきたいと思っていた。だけど、やり方はひとつではないし、時代や状況は常に変化しているので、現場に任せたほうが間違いなく成功するということを学びました。 

―「もの言わぬ組織」が変化するきっかけを目の当たりにしたんですね。(柊) 

やり方ではなく、何を目指しているかを伝えることで、組織が変化した

村田氏:そうですね。もう一つ、忘れられない出来事があります。営業部門の責任者をしていたとき、支店長クラスの人たちに話をする機会がありました。私は営業成績を良くするために、自分の成功体験から仕事の仕方を話しました。しかし、参加者から返ってきたのは、「それはあなたのやり方だよね」という反応です。「我々は違う」という雰囲気で、なんだかギクシャクした感じがありました。 

そのときも、ある尊敬する方に相談をしたのですが、その際に教えてもらったのが、「やり方ではなく、あり方を皆で話した方がいい」ということです。「何のために」という目的、つまり理念ですね。 

次の会では話の内容を理念中心に切り替え、自分が何を目指しているかを伝えた上で、そこに向けたやり方は支店の皆さんが考える方法でやってほしい、と話しました。 

すると、場がまとまり、「よし、やるぞ」、という雰囲気になったんです。ゴールを示せば皆はそちらに向かって進んでいくと感じました。やり方はそれぞれの考えに任せれば良いのだな、と改めて感じました。何のために、誰のために働いているのかという理念に共感できれば、社員はそこに向けてがんばろうと自らやり方を考え動き出します。それを身をもって実感した出来事でした。 

人は、例えば100メートル走のゴールのように、「ここがゴールだよ」と理念を示せば、その方向さえ合っていれば、必ず本人のやり方でやらせてあげた方が良い。ただ、経験や価値観によってスピードは違います。遅い人も速い人もいますが、個々のスピードを比較するよりも、皆がゴールに向かっているということを考えてあげれば、必ず到達します。そのときに、「誰のために、何のために仕事をしているのか」という理念が重要になります。日常業務では数字しか見えませんが、そうした理念がある方が結果的に走るスピードも上がり、目標達成意欲も高まります。 

全社を対象にした理念浸透の取り組み 

―そうしたご自身の経験が、その後の取り組みや今のお考えに生きているんですね。そもそも、ツムラで全社的に理念浸透の取り組みをはじめたのは、どのようなきっかけがあったのでしょうか?(柊) 

村田様:もともとは社長の中に創業の精神や会社の理念を全社に浸透させたいという思いが長年あったんです。私は先ほどの出来事以来、機会があるたびにいろいろな場で理念について話をしていました。

それを見ていた社長から全社に向けて理念を浸透させる施策をやってくれないかと打診があり、取り組みがスタートしました。 

まずは役員から始める

―実際に理念浸透をすすめるにあたり、意識した点はありますか?(柊) 

村田様:まずは役員から始める、ということを意識しました。会社組織で何か新しい取り組みを始めようとすると、役員クラスは「私はやらないけれど君たちはやっておいて」となりがちです。しかし、それだと下の人たちはついてきません。「私もやるからみんなでやろう」という方が説得力も大きく増しますし、上司に落とし込めていない理念を部下に浸透させることはできません。全社に浸透させるためには、まずは役員からと思い、一泊二日で理念浸透のワークショップを行いました。 

また、社長と最初に合意したのは、「10年かけてやろう」ということです。まずは役員から理念対話のプログラムを実施し、そのあと部門長、課長という風に、徐々に下の層にその活動を広げていく。このような活動は1年やって簡単に変わるというものではありません。組織全体にしっかりと根付かせるために、毎年毎年繰り返し行うことを意識しました。 

理念浸透のプログラムでは、参加者全員の対話を大切にしました。途中からコーチングの手法も取り入れ、問いかけを重ねることで、参加者が自分の想いを自然に語れる場となるよう工夫しました。 

自ら理念を語り、そして他人の思いを聞くことで会社の良さに気づく 

―活動に対する抵抗はなかったのですか?(柊) 

村田様: 最初は忙しさから時間を割くことに懸念を示す人もいましたが、そういう人の方が逆に「来てよかった」「部下にも経験させたい」と言ってくれた方も沢山いました。 

―参加者が変化した要因は何だったのでしょうか?(柊) 

皆、目の前の仕事が忙しい。でも、対話の場でビジョンや理念について語ってくださいというと、皆どんどん語り出します。それだけ、自分の中に想いが潜在しているわけです。特に、役員クラスであれば、それだけの経験を積んでいるので視座も高い。また、他の人の話も聞ける。その中で、「あ、いい会社だな」感じられる瞬間があるんですよね。普段は触れないのでわかりませんが、一度触れると、理念への理解が深まり、活動の浸透度が高まります。ただ、それを1回で終わらせてはいけません。 

―何回も触れるようにするのですね。(柊) 

そうです。毎年やります。毎年役員から始め、その後に部門長、という流れです。繰り返し行うことで、サーベイの結果も変化しました。毎年実施することで理念が浸透し、だんだんと会社や仕事に対するプラスの意識が醸成されてきたことを読み取れる結果となっています。 

企業をサポートする上で意識している、理念を浸透させるために必要なこと 

トップとの合意、「聴く」姿勢などが成功のカギ

―現在は、ファシリテーター、アドバイザーとして、理念浸透を目指す企業を支援されてらっしゃいますが、例えばどのようなプログラムを実施しているのでしょうか?(柊) 

村田様:基本的には、ツムラで培った経験をベースに内容を組み立てています。現在よく取り入れているのは、対話による理念浸透や最近ではレゴ®シリアスプレイ®メソッドと教材を活用したワークショップです。レゴブロックで作品をつくることを通じて、普段言葉にしにくい目指す姿や大切にしたい価値を表現し、参加者同士の理解を深める手法です。参加者全員が作品を通じて、テーブルの上に声を出す。その後、ゴールを皆で決める。みんなの意見を一回出さないと対話にはならない。それは対話の一つのルールだと思っています。それがレゴ®シリアスプレイ®ではできるので、理念浸透の手法として活用しています。 

―理念浸透に取り組む企業に、具体的なアドバイスなどはありますか。(柊) 

村田様:私がクライアント企業の理念浸透を支援するときは、まずトップと合意することを心がけています。そして会社として、「私たちはここを目指してやっていくんだ」ということを明文化し、できれば取締役会や経営会議で決議をすれば、より大きな力になると思います。単発のイベントで終わらせずその後の取り組みに反映させていければ、より理念経営がしやすくなります。 

それから、理念浸透プログラムの中に限らず、普段から上の立場の人ほど「聞くこと」が大切だと思います。私自身、コーチングをしていて気が付いたのですが、気の利いた質問をしようとか、何かいいことを言おうと思ってしまうと、相手が言っていることを聴き逃すんです。質問をあれこれ考えずとも、相手の言っている言葉に対して問うことができれば充分です。それでも、後から「聴いてもらうことができて良かった」「自分で話しているうちに頭の中が整理された」という好意的なフィードバックをもらうことが多いですね。 

また、「部下が間違っていても何も言わない方がいいのか」という質問を受けることがありますが、そうではありません。間違っていたらもちろん指摘をすることも必要です。しかしそのときに気を付けなければいけないのが、怒りの感情を入れないこと。普段から人間関係が構築できていて、感情を入れずに事実を指摘すれば、指導が必要な局面でも大きな問題なく乗り越えられると思います。 

目指す場所を共有し、ワクワクと働ける環境をつくる 

―最後に、組織変革を推進されている方々に向けてメッセージをいただけますか。(柊) 

村田様:僕自身、いろいろな企業と理念浸透のプログラムを実践していて感じるのは、何のために事業を行っているのか、社員は何のために仕事をするのかという、本来の目的、ゴールをどんな企業も持っているということです。 

実際にプログラムの中で参加者に問いかけると、目先の数字の達成ではなく、仕事に対して、自分たちの会社に対して目指しているものがそれぞれの言葉になって出てきます。それを聞くと、やっぱりどの会社もすごいな、まだまだ成長をしていくんだなぁ、と心から感じます。 

先が見通せないVUCAの時代、ゴールを達成するための手法に絶対の正解はありません。最終的に目指す場所を共有し、異なる強みや経験を持つ一人ひとりにやり方を任せ、みんながワクワクと働ける環境ができれば、その企業、ひいては日本社会全体をもっとよくすることができるのではないでしょうか。それが実現した素敵な世界を目指して、私自身、今後も活動を続けていきたいと思っています。 

編集後記-チェンジマネジメントの視点 

村田様のお話には、チェンジマネジメントで大切している視点が数多く含まれていました。

例えば「まずトップから始める」。経営層自らが理念を語り、行動することが全社的な変革の推進力になります。また「相手の声を聴く」姿勢も重要です。人は説得されるより、自ら気づいたときにこそ行動を変えることができます。さらに「ゴールを示す」こと。やり方を細かく指示するのではなく、目指す方向を共有することで、メンバーは自律的に動き始めます。そして理念やカルチャーといった価値観に関わる変革は、短期的に成果を求めるのではなく、数年かけて取り組む必要があるという点も示唆的でした。

いずれもチェンジマネジメントでは繰り返し語られているポイントであり、村田様の実践を通じてその意義が改めて浮かび上がったように思います。こうした視点が、皆さまの日々の組織づくりや変革のヒントとなれば幸いです。

参考文献:PHP研究所(編). (2024). ツムラの理念経営 “全社員対話”の継続で企業精神は浸透する. PHP研究所