近年、多くの企業が「変革」や「トランスフォーメーション」を掲げ、DX、サステナビリティ、人的資本経営といったテーマに取り組んでいます。企業を取り巻く環境が急速に変化するなか、その適応に向けた動きが加速しています。

しかし一方で、こうした「変革」が思うように進まないという現場の声も後を絶ちません。最新のITシステムを導入しても働き方が変わらない、カルチャー変革を推進しても社員の行動が変わらない──いったい何が変革のボトルネックとなっているのでしょうか?

その鍵を握るのが「チェンジマネジメント」です。

本記事では、チェンジマネジメントが今なぜ世界的に注目されているのか、日本企業にも導入の機運が高まっている理由は何かを解説します。

経営環境の大変動──変化の質と量が激変した

経営環境の大変動──変化の質と量が激変した

今日の経営環境は、これまでの常識が通用しないほどに激しく、そして複雑に変化しています。特に過去10年における変化は、「量」の増大だけでなく、「質」そのものが根本的に変わったと言えます。企業は今、未知の不確実性に立ち向かいながら、新たな秩序の中で競争力を築くことが求められています。

KPMG(2016)の調査では、実に96%の企業が何らかの形でトランスフォーメーションを進めていると回答しています。さらに、73%が今後も変革が増えると予測する一方、減少すると考えるのはわずか13%です(CEB, 2016)。

この変化はグローバルで以下の3つの大きな潮流によって加速しています。

技術革新とグローバル連動性の爆発的進展

AI、生成系モデル、ロボティクス、バイオテクノロジーなどの技術革新が、産業構造を根本から揺るがしています。これに加えて、インターネットを介した情報伝播やサプライチェーンのグローバル化が進み、地域で発生した変化が瞬時に世界全体へと波及する構造が生まれました。競争相手はもはや隣接業界だけではなく、異業種・異文化圏からのプレイヤーにまで広がっています。

地政学リスクとサステナビリティへの圧力

ロシア・ウクライナ戦争や米中対立に象徴されるように、地政学的リスクが企業活動に直接影響を与える時代になりました。また、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の拡大や、気候変動への対応といった持続可能性に対する社会的要請も、企業に構造的な変革を求めています。経済的合理性だけではなく、倫理性・透明性が企業価値に直結する新たなルールが生まれています。

労働観・価値観の多様化と組織の再定義

パンデミック以降、リモートワークやフレキシブルな働き方が常態化し、従来の「会社中心」の労働観は崩れつつあります。ミレニアル世代やZ世代が中心となる労働市場では、目的や意味、自己実現が重視され、企業のミッションやカルチャーが人材獲得・維持の競争力を左右しています。組織は「統制と効率」から、「共感と適応力」へと軸足を移す必要に迫られています。

こうした複合的かつ連動的な変化の中で、企業に求められるのは、単なる変化対応ではなく、変化を前提とした戦略と組織の再設計です。変化を例外ではなく「常態」として捉え、継続的に進化し続ける力こそが、これからの競争優位の本質となっています。

つまり、これからの競争力は「技術」や「資本」ではなく、「人と組織の変化対応力」によって左右されるのです。

変革が失敗する理由──「人」が変わらない

変革が失敗する理由──「人」が変わらない

これほどまでに環境が変わっているにもかかわらず、多くの企業変革がうまくいかないのはなぜでしょうか。その最大の要因は、「人が変わらない」ことにあります。どれほど優れた戦略やテクノロジーを導入しても、最終的にそれを動かすのは「人」であり、組織における行動の変化なくして、本当の意味での変革は成立しません。

たとえば、DX白書(IPA, 2023)によると、DXが成果を上げない理由のトップ3は、社員の意識・風土が変わらないこと、組織構造が硬直していること、そして現場の巻き込みが弱いことです。こうした課題はDXに限らず、業務プロセス改革や人事制度の見直し、M&A後の統合、サステナビリティ対応、グローバル化対応といった多くの変革施策に共通しています。

なぜチェンジマネジメントなのか──世界の潮流と失敗のコスト

その結果、変革の多くは失敗に終わっています。大規模な変革の成功率はわずか34%。変革の50%が完全な失敗に終わり、16%が部分的な成果、成功はわずか3分の1というのが実態です。(CEB, 2016)

このような状況は、経営層自身も認識しています。KPMGの調査では、わずか17%の幹部しか「自社は変革計画を成功裏に実行できる」と感じていません。

さらに、ウィリス・タワーズワトソン(2023年)のデータでは、「自社は変化をうまく管理している」と感じる社員は43%にとどまり、2019年の60%から大きく減少しています。

変革が繰り返される一方で成果が伴わない場合、従業員は次第に新たな取り組みに無関心や抵抗を示すようになります。これが組織全体の士気や生産性に深刻な影響を与える「変革疲れ」として現れます。Capterra(2022)によれば、71%の従業員が変化の多さに圧倒されており、そのうち48%がストレスの増加を、38%が仕事の満足度の低下を訴えています。変革疲れが深刻化すれば、従業員の43%しか組織にとどまる意思を持たないというデータもあります(Gartner, 2022)。

このような状況を適切に管理しなければ、単なるプロジェクトの失敗にとどまらず、社員の離職、組織の不安定化といった経営リスクに直結するのです。それゆえ、変化・変革に体系的に対処するチェンジマネジメントがこれまで以上に注目を浴びています。

このような背景から、グローバル企業では、チェンジマネジメントはもはや「あったほうがいいもの」ではなく、「なければ変革は失敗する」という前提で実践されています。

日本でも注目されつつあるチェンジマネジメント

これまで日本では、変革といえば制度や業務プロセスの変更が中心で、「人の変化」への支援は後回しにされがちでした。

しかし最近では、DX、働き方改革、人的資本経営などの流れを受け、社員の理解・共感・納得がなければ変革は前に進まないという認識が広がりつつあり、特にグローバル展開する企業では、チェンジマネジメントを取り入れてプロジェクトを推進することが徐々に広まっています。

変化の時代にチェンジマネジメントがもたらすメリット

変化の時代にチェンジマネジメントがもたらすメリット

適応力が強化される

変化の激しい市場環境において、適応力のない組織は成功を維持できません。成功のためにはまず、何が変化であり、それがどのような影響をもたらすのかを把握することが必要です。自社の変化対応力がどの段階にあるかを明確にすることで、横断的な専門チームの設置や経営層へのトレーニング導入など、効果的なアクションが取れるようになります。

チェンジマネジメントは、新たな機会やリスクに対応し、戦略やプロセスを柔軟に修正する手段を提供します。

リソース不足のリスクを軽減できる

変化・変革のアイデアがあっても、実行できる人材や時間がなければ計画は頓挫します。人手不足、業務過多、スキルの欠如など、リソース関連の課題は事前に把握・対策する必要があります。

チェンジマネジメントを活用すれば、必要な人材・システム・プロセスを明確にし、追加リソースの確保を含む準備が整えられます。

ビジネスプロセスの改善と最適化が可能になる

変化に適応できない組織は、時代遅れとなり競争力を失い、最悪の場合は市場から撤退することになります。

チェンジマネジメントは、カルチャー変革を促しながらビジネスプロセスの改善を支援します。課題の早期発見と解決、必要なリソースの確保、アプローチの実施・評価といった一連のプロセスを通じて、企業のミッション・ビジョン・目標達成に貢献します。

従業員のエンゲージメントと満足度が向上する

チェンジマネジメントは、従業員が変化を理解し、当事者意識を持てるように支援します。準備が整っていない状態での変革は、社員の納得感を損ない、生産性低下を招きます。

大義へのコミットメントが高まる

大規模な変革は多くの場合トップダウンで進行しますが、現場のメンバーはそのプロセスから疎外感を抱くことがあります。

チェンジマネジメントを通じて、懸念の表明や対話の機会が確保され、心理的安全性が生まれます。これは、変革への納得とコミットメントにつながります。

従業員の定着率が向上する

社員が「声を聞いてもらえた」「サポートされている」と感じれば、離職率は低下します。

チェンジマネジメントは、変化による影響を丁寧に伝え、個々が何に対応すべきかを明確にすることで、職場への安心感と信頼感を醸成します。

変化に強い、アジャイルな組織文化が生まれる

組織の競争力は、変化に柔軟に対応できるかどうかにかかっています。市場の動きに合わせて迅速に行動できる「アジリティ」は、変化の激しい時代には不可欠です。

新たなアイデアやイノベーションを受け入れやすい環境が整えば、成長を支える強い組織文化が生まれます。

企業文化の改善につながる

変化にオープンであることは、組織文化そのものを進化させます。変化が個人にどう影響するのかを丁寧に説明することで、信頼関係と相互尊重の文化が育まれます。

従業員の声を聞く姿勢を示すことが、優秀な人材の獲得と定着にもつながります。

まとめ

企業にとって変革は、もはや「選択肢」ではなく「前提」になっています。

そして、その成否は戦略の巧拙ではなく「人と組織が動くかどうか」にかかっています。チェンジマネジメントは、社員の不安や抵抗を可視化し、納得と行動につなげる「実行のための戦略」です。

チェンジマネジメントの第一歩として、御社の「変革対応力」を診断してみませんか?現状の課題と改善ポイントを明確にすることで、次の一手が見えてきます。

参考文献

KPMG. (2016). KPMG Global Transformation Study 2016.
CEB Corporate Leadership Council. (2016). Making Change Management Work.
IPA(情報処理推進機構). (2023). DX白書2023.
ウィリス・タワーズ・ワトソン. (2023). The business case for change management when driving organization transformation.
Capterra. (2022). Change Fatigue Survey.
Gartner. (2022). How to Enable Organizational Change Management in a Digital Business.